2012.01.24 Tuesday
私を傷つけるのをやめるか
1月第2週の土日は、慌しかった。
まず、新しい聖歌隊のお仕事。勝手がわからないので、ちょと心配だったけど。
当日は10時半(ここの式場は、それ以上早い時間はないらしい)のお式なので、9時半会場入り。初めてなので、Wさんに連絡して、入り口まで来ていただく。中は迷路のようで、次回は一人で控え室までたどり着けるかなあ。そして、何と今回はWさんと歌うのだった。しかし、歌うことよりも、Wさんもこの式場を担当するようになって日が浅く、まだ段取りなどが定まっていないようで、そちらの方でいろいろ神経を遣っていらっしゃるようだった。でも全く声を出さないのは不安だったので、さわりだけ合わせていただく。伴奏はオルガンだが、ベールアップの時にはヴァイオリンも加わる。
わたわたしているうちにリハーサルも終わり、本番のお式が始まる。ここのバージンロードは祭壇の前に段差があるので、ドレスの裾の介錯がある。その間、Wさんは、私が持っている映画のサントラに入っている、厳かなアリアを歌われる。その後、参列者と歌う賛美歌は、いつもと同じ。私が主旋律を歌う。Wさんはソプラノだけど、深い声で、年齢的にも私と声質は似ていて、豊かな声量なので、一緒に歌わせていただいて、失礼な言い分だけどとても気持ちよかった。
ブーケを預かったり、手袋を外すのは一緒だけど、お返ししなくていいのは楽。指輪の交換の他に誓約書に署名、もあるので、花嫁さんの移動の際、また裾の介錯。
神父さんはこの間お会いしたイタリア人の方で、しかし、式では英語と日本語で。そして、アーメンはいつもと違う2唱で、音を取ってきた通り、これも上の旋律を歌う。そして、新郎新婦退場。受け取ったままの手袋をどうするか、とか、この後の屋外でのセレモニーの前に、一仕事あることも判明した。
そうこうするうちに、今度は2組めのお式のリハーサルが始まる。時間が押しているので、神父さんの説明も手短に。こういうところは、臨機応変。ところが、この回は、リングボーイ、といって、花嫁さんの後について結婚指輪を置いたリングピローを持って歩く親類の男の子がいたのだが、何分小さいお子さんなので、練習に時間がかかった。そのピローを手渡すため、自分が持って走ったのだけど、いくら時間がなくても、チャペル内では走ってはいけない、と後で注意された。
そして、何とか2回目も終わり、Wさんと控え室でちょっと打ち合わせ。聖歌隊だけでなく、新郎新婦のお世話や、会場の照明、セレモニーの進行、といった仕事も、今後Wさん側でやらなくてはいけないようで、その要員も2人ほど余分に必要とのことだった。安心して任せられるスタッフが育つまで、当分Wさんが隣県から馳せ参じなければならない様子。自分の歌に関しては、声がよく出ていていいわね、と。しかし、分散しているので、もっと集めるといいのに、と言われた。それは、レッスンでも先生に言われること。
この日は、その後、2時から今年初めての歌のレッスン。それまで少し時間が空いたので、途中ショッピングモールへ寄って、買い物。しかし、腰が痛い。さっき裾の介錯でしゃがんだ時、少しぐきっときた。そのまま式中、ぎっくり腰にならなくて、本当によかったと思ったけど。
先生に遅ればせながらの新年のご挨拶。そしてコンコーネ。18番。8分の9拍子。調も複雑。イタリアアリアは、今回の表題が題名。訳によると、私の苦悩には耳も貸さない、無慈悲で情け知らずの目よ、というまたまた厳しい中身の歌詞。それから、自由曲の、あの曲。年末にネットで譜面を購入したが、バージョンがいろいろあって、ヴォカリーズのピアノ伴奏入り、というのにしたら、さいごの転調の部分がなかった。人前で披露する予定でなければ、稽古用ならとりあえずこれでよかろう、と歌詞を検索して、書き添える。しかし、私の字が読みにくかったので、まずその確認から。このキーでいいの、と先生が訊ねたのは、2シーズンめのバージョンで歌ったソプラノ歌手が、彼女にはありえない低いキーだった、とおっしゃっていたからだろう。私には、多分しんどくない、調のはず。だから、もっと楽にきれいに、歌いたいなあ、と。
これは、ついこの間終わった、3シーズンめは、合唱も加わってはなやかなバージョンになっていたが、歌っていたのが、この曲の作曲家のお嬢さん、だったらしい。びっくり。
大急ぎで家に戻って、夕食の支度をし、うたざの稽古へ。とにかく出来ていない合唱をやるのかと思っていたら、人が揃うまでソロの時間となり。ここへ来て、まさかの自分の曲目変更、の要請。5月にやった本公演で歌った曲を今回入れるのは、絶対に避けたい意向のようだった。どうしても歌うのですか、と訊かれ、もうそういう風で曲を組んだから、といなしたが、30分ぐらい経ってから、またどうしても歌うんですか、と繰り返して言われる。じゃあ歌ってみて下さい、と言われ、もっと伸びやかに、と指摘されたので、気持ちを込めてそう歌ったつもりだったが、納得しないようだった。こうなると代表は、人の意図を汲むのではなく、自分の意見を通すために、どう相手を屈服させるか、という算段に出るので、どうしようもない。歌う人、歌うスタンス、が変われば、ニュアンスも変わるのがソングのよさ、だと私は思っているけど、まあ仕方がない。まあ〜氏が移調譜を作成してくれた、あの曲をいただいて歌ってみたけど、今一つ。また候補を考えなければ。それはキヨシもそうで、あのよく歌われているソングも変えなければならず、ブレヒトの軽快なソングにした。
そして、合唱は、ついにあの曲を断念してしまった。もっとまともな時期もあったと思うけれど、何がどう違ってしまっているのだろう。個人個人が独立して、しっかりと歌ってハーモニーを創る、という理想が自分にはあるけど、合唱なのだから、ああ、他のパートがこんなにきれいに聴こえてくるから心地いい、から心を合わせて歌おう、とかいう相乗効果や連帯感は必要なのだろうなあ。3月までに、それは出来るのだろうかなあ。。。
まず、新しい聖歌隊のお仕事。勝手がわからないので、ちょと心配だったけど。
当日は10時半(ここの式場は、それ以上早い時間はないらしい)のお式なので、9時半会場入り。初めてなので、Wさんに連絡して、入り口まで来ていただく。中は迷路のようで、次回は一人で控え室までたどり着けるかなあ。そして、何と今回はWさんと歌うのだった。しかし、歌うことよりも、Wさんもこの式場を担当するようになって日が浅く、まだ段取りなどが定まっていないようで、そちらの方でいろいろ神経を遣っていらっしゃるようだった。でも全く声を出さないのは不安だったので、さわりだけ合わせていただく。伴奏はオルガンだが、ベールアップの時にはヴァイオリンも加わる。
わたわたしているうちにリハーサルも終わり、本番のお式が始まる。ここのバージンロードは祭壇の前に段差があるので、ドレスの裾の介錯がある。その間、Wさんは、私が持っている映画のサントラに入っている、厳かなアリアを歌われる。その後、参列者と歌う賛美歌は、いつもと同じ。私が主旋律を歌う。Wさんはソプラノだけど、深い声で、年齢的にも私と声質は似ていて、豊かな声量なので、一緒に歌わせていただいて、失礼な言い分だけどとても気持ちよかった。
ブーケを預かったり、手袋を外すのは一緒だけど、お返ししなくていいのは楽。指輪の交換の他に誓約書に署名、もあるので、花嫁さんの移動の際、また裾の介錯。
神父さんはこの間お会いしたイタリア人の方で、しかし、式では英語と日本語で。そして、アーメンはいつもと違う2唱で、音を取ってきた通り、これも上の旋律を歌う。そして、新郎新婦退場。受け取ったままの手袋をどうするか、とか、この後の屋外でのセレモニーの前に、一仕事あることも判明した。
そうこうするうちに、今度は2組めのお式のリハーサルが始まる。時間が押しているので、神父さんの説明も手短に。こういうところは、臨機応変。ところが、この回は、リングボーイ、といって、花嫁さんの後について結婚指輪を置いたリングピローを持って歩く親類の男の子がいたのだが、何分小さいお子さんなので、練習に時間がかかった。そのピローを手渡すため、自分が持って走ったのだけど、いくら時間がなくても、チャペル内では走ってはいけない、と後で注意された。
そして、何とか2回目も終わり、Wさんと控え室でちょっと打ち合わせ。聖歌隊だけでなく、新郎新婦のお世話や、会場の照明、セレモニーの進行、といった仕事も、今後Wさん側でやらなくてはいけないようで、その要員も2人ほど余分に必要とのことだった。安心して任せられるスタッフが育つまで、当分Wさんが隣県から馳せ参じなければならない様子。自分の歌に関しては、声がよく出ていていいわね、と。しかし、分散しているので、もっと集めるといいのに、と言われた。それは、レッスンでも先生に言われること。
この日は、その後、2時から今年初めての歌のレッスン。それまで少し時間が空いたので、途中ショッピングモールへ寄って、買い物。しかし、腰が痛い。さっき裾の介錯でしゃがんだ時、少しぐきっときた。そのまま式中、ぎっくり腰にならなくて、本当によかったと思ったけど。
先生に遅ればせながらの新年のご挨拶。そしてコンコーネ。18番。8分の9拍子。調も複雑。イタリアアリアは、今回の表題が題名。訳によると、私の苦悩には耳も貸さない、無慈悲で情け知らずの目よ、というまたまた厳しい中身の歌詞。それから、自由曲の、あの曲。年末にネットで譜面を購入したが、バージョンがいろいろあって、ヴォカリーズのピアノ伴奏入り、というのにしたら、さいごの転調の部分がなかった。人前で披露する予定でなければ、稽古用ならとりあえずこれでよかろう、と歌詞を検索して、書き添える。しかし、私の字が読みにくかったので、まずその確認から。このキーでいいの、と先生が訊ねたのは、2シーズンめのバージョンで歌ったソプラノ歌手が、彼女にはありえない低いキーだった、とおっしゃっていたからだろう。私には、多分しんどくない、調のはず。だから、もっと楽にきれいに、歌いたいなあ、と。
これは、ついこの間終わった、3シーズンめは、合唱も加わってはなやかなバージョンになっていたが、歌っていたのが、この曲の作曲家のお嬢さん、だったらしい。びっくり。
大急ぎで家に戻って、夕食の支度をし、うたざの稽古へ。とにかく出来ていない合唱をやるのかと思っていたら、人が揃うまでソロの時間となり。ここへ来て、まさかの自分の曲目変更、の要請。5月にやった本公演で歌った曲を今回入れるのは、絶対に避けたい意向のようだった。どうしても歌うのですか、と訊かれ、もうそういう風で曲を組んだから、といなしたが、30分ぐらい経ってから、またどうしても歌うんですか、と繰り返して言われる。じゃあ歌ってみて下さい、と言われ、もっと伸びやかに、と指摘されたので、気持ちを込めてそう歌ったつもりだったが、納得しないようだった。こうなると代表は、人の意図を汲むのではなく、自分の意見を通すために、どう相手を屈服させるか、という算段に出るので、どうしようもない。歌う人、歌うスタンス、が変われば、ニュアンスも変わるのがソングのよさ、だと私は思っているけど、まあ仕方がない。まあ〜氏が移調譜を作成してくれた、あの曲をいただいて歌ってみたけど、今一つ。また候補を考えなければ。それはキヨシもそうで、あのよく歌われているソングも変えなければならず、ブレヒトの軽快なソングにした。
そして、合唱は、ついにあの曲を断念してしまった。もっとまともな時期もあったと思うけれど、何がどう違ってしまっているのだろう。個人個人が独立して、しっかりと歌ってハーモニーを創る、という理想が自分にはあるけど、合唱なのだから、ああ、他のパートがこんなにきれいに聴こえてくるから心地いい、から心を合わせて歌おう、とかいう相乗効果や連帯感は必要なのだろうなあ。3月までに、それは出来るのだろうかなあ。。。
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