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私を傷つけるのをやめるか
 1月第2週の土日は、慌しかった。
まず、新しい聖歌隊のお仕事。勝手がわからないので、ちょと心配だったけど。
当日は10時半(ここの式場は、それ以上早い時間はないらしい)のお式なので、9時半会場入り。初めてなので、Wさんに連絡して、入り口まで来ていただく。中は迷路のようで、次回は一人で控え室までたどり着けるかなあ。そして、何と今回はWさんと歌うのだった。しかし、歌うことよりも、Wさんもこの式場を担当するようになって日が浅く、まだ段取りなどが定まっていないようで、そちらの方でいろいろ神経を遣っていらっしゃるようだった。でも全く声を出さないのは不安だったので、さわりだけ合わせていただく。伴奏はオルガンだが、ベールアップの時にはヴァイオリンも加わる。
わたわたしているうちにリハーサルも終わり、本番のお式が始まる。ここのバージンロードは祭壇の前に段差があるので、ドレスの裾の介錯がある。その間、Wさんは、私が持っている映画のサントラに入っている、厳かなアリアを歌われる。その後、参列者と歌う賛美歌は、いつもと同じ。私が主旋律を歌う。Wさんはソプラノだけど、深い声で、年齢的にも私と声質は似ていて、豊かな声量なので、一緒に歌わせていただいて、失礼な言い分だけどとても気持ちよかった。
ブーケを預かったり、手袋を外すのは一緒だけど、お返ししなくていいのは楽。指輪の交換の他に誓約書に署名、もあるので、花嫁さんの移動の際、また裾の介錯。
神父さんはこの間お会いしたイタリア人の方で、しかし、式では英語と日本語で。そして、アーメンはいつもと違う2唱で、音を取ってきた通り、これも上の旋律を歌う。そして、新郎新婦退場。受け取ったままの手袋をどうするか、とか、この後の屋外でのセレモニーの前に、一仕事あることも判明した。
そうこうするうちに、今度は2組めのお式のリハーサルが始まる。時間が押しているので、神父さんの説明も手短に。こういうところは、臨機応変。ところが、この回は、リングボーイ、といって、花嫁さんの後について結婚指輪を置いたリングピローを持って歩く親類の男の子がいたのだが、何分小さいお子さんなので、練習に時間がかかった。そのピローを手渡すため、自分が持って走ったのだけど、いくら時間がなくても、チャペル内では走ってはいけない、と後で注意された。
そして、何とか2回目も終わり、Wさんと控え室でちょっと打ち合わせ。聖歌隊だけでなく、新郎新婦のお世話や、会場の照明、セレモニーの進行、といった仕事も、今後Wさん側でやらなくてはいけないようで、その要員も2人ほど余分に必要とのことだった。安心して任せられるスタッフが育つまで、当分Wさんが隣県から馳せ参じなければならない様子。自分の歌に関しては、声がよく出ていていいわね、と。しかし、分散しているので、もっと集めるといいのに、と言われた。それは、レッスンでも先生に言われること。
この日は、その後、2時から今年初めての歌のレッスン。それまで少し時間が空いたので、途中ショッピングモールへ寄って、買い物。しかし、腰が痛い。さっき裾の介錯でしゃがんだ時、少しぐきっときた。そのまま式中、ぎっくり腰にならなくて、本当によかったと思ったけど。
先生に遅ればせながらの新年のご挨拶。そしてコンコーネ。18番。8分の9拍子。調も複雑。イタリアアリアは、今回の表題が題名。訳によると、私の苦悩には耳も貸さない、無慈悲で情け知らずの目よ、というまたまた厳しい中身の歌詞。それから、自由曲の、あの曲。年末にネットで譜面を購入したが、バージョンがいろいろあって、ヴォカリーズのピアノ伴奏入り、というのにしたら、さいごの転調の部分がなかった。人前で披露する予定でなければ、稽古用ならとりあえずこれでよかろう、と歌詞を検索して、書き添える。しかし、私の字が読みにくかったので、まずその確認から。このキーでいいの、と先生が訊ねたのは、2シーズンめのバージョンで歌ったソプラノ歌手が、彼女にはありえない低いキーだった、とおっしゃっていたからだろう。私には、多分しんどくない、調のはず。だから、もっと楽にきれいに、歌いたいなあ、と。
これは、ついこの間終わった、3シーズンめは、合唱も加わってはなやかなバージョンになっていたが、歌っていたのが、この曲の作曲家のお嬢さん、だったらしい。びっくり。
大急ぎで家に戻って、夕食の支度をし、うたざの稽古へ。とにかく出来ていない合唱をやるのかと思っていたら、人が揃うまでソロの時間となり。ここへ来て、まさかの自分の曲目変更、の要請。5月にやった本公演で歌った曲を今回入れるのは、絶対に避けたい意向のようだった。どうしても歌うのですか、と訊かれ、もうそういう風で曲を組んだから、といなしたが、30分ぐらい経ってから、またどうしても歌うんですか、と繰り返して言われる。じゃあ歌ってみて下さい、と言われ、もっと伸びやかに、と指摘されたので、気持ちを込めてそう歌ったつもりだったが、納得しないようだった。こうなると代表は、人の意図を汲むのではなく、自分の意見を通すために、どう相手を屈服させるか、という算段に出るので、どうしようもない。歌う人、歌うスタンス、が変われば、ニュアンスも変わるのがソングのよさ、だと私は思っているけど、まあ仕方がない。まあ〜氏が移調譜を作成してくれた、あの曲をいただいて歌ってみたけど、今一つ。また候補を考えなければ。それはキヨシもそうで、あのよく歌われているソングも変えなければならず、ブレヒトの軽快なソングにした。
そして、合唱は、ついにあの曲を断念してしまった。もっとまともな時期もあったと思うけれど、何がどう違ってしまっているのだろう。個人個人が独立して、しっかりと歌ってハーモニーを創る、という理想が自分にはあるけど、合唱なのだから、ああ、他のパートがこんなにきれいに聴こえてくるから心地いい、から心を合わせて歌おう、とかいう相乗効果や連帯感は必要なのだろうなあ。3月までに、それは出来るのだろうかなあ。。。

sarah-e | 座うたざ | 21:44 | comments(0) | - |
花咲かそ
 うたざでは、2人の作曲家のソングを歌っているが、そのうちの年長者の方が、年明け、亡くなられた。9月頃、転倒して頭を打たれ、意識不明の状態が続いていた、と年末連絡があったので、心配していたのだけど。
彼は多作な方である。4冊のソング集を持っているが、どのソングが一番好きか、といわれると困ってしまうほど、魅力的な作品を残された。私達は、それらを歌わせてもらう時に、そのソングに対する愛着がゆえに、少しでもいい演奏ができるよう、心を込めて歌うことでしか、作曲家に対する感謝の意を示せないのだなあ、と思う。
ソング以外で好きだったのが、大河ドラマの主題曲で、一番目のは柔らかく壮大で、二番目のは緊張感ある提示部もだけど、ゆったりとした中間部も素敵で、この作曲家らしい、メロディーだった。
表題は、戯曲も好きで、私達の世代なら、いつかは演ってみたい、と思う作品のエピローグの曲で、鎮魂歌、という感じのもの。以前、レッスンで一度だけ、歌ったことがある。死ぬほど生きた人たちのため、花咲かそ、という歌詞だった。その後に、死者に向かって、眠りたくても目を閉じてはいけない、と続く。生きてる者たちの創る未来をその目で見るために、と。
自分の勝手な解釈だけど、この方は、自分の曲にはもちろん誇りを持っていらっしゃるだろうけど、歌い手、演奏家の自由な感性も、認めて下さっている気がする。だから、移調したり、テンポを揺らしたり、させていただくことが多いし、また、そういうことを尊重して作曲されているものも、なきにしもあらず、な気がする。けれども、もうお一方は、こういうリズム、こういう調にしたのは、確固とした意思があるように思われて、こちらの作曲家のソングは、なので、移調するのに私は抵抗があったりする。
それから、昨年末になるけど、訃報がもう一つあった。
よく稽古場でお借りした、ダンススタジオの主宰の先生。うたざの公演やコンサートなど、機会があったらよく聴きに来て下さって、素晴らしい、と絶賛もして下さり、数少ない私達の団体のシンパになって下さっていた、と思う。話好きな方で、私は稽古場係りだったので、電話やら、直接お会いして、会話した。連絡が取れない、というのを聞いて、携帯の留守電にメッセージを残したら、しばらくたって、娘さんから着信があった。昨年7月、倒れられて、手術もされたそうだが、その月の下旬に亡くなられたとのことだった。
また稽古場を使われることがあれば、ご連絡下さい、とおっしゃっていただいたが、感謝の意を伝えるため、手を合わせに、機会があれば行きたいと思っている。


sarah-e | 座うたざ | 23:18 | comments(0) | - |
2012年、始動
 元日、神社の仕事を終えてから、実家に移動。下の弟が子ども二人を連れて、泊まりに来ていた。早いもので、上の子はもう高校3年生。そして、下の子も中学3年生になるので、W受験の年になりそうだ。大晦日は私の家と同じく、すき焼きだったそうで、この夜は、ピザを注文して食べる。
だらだらしていたが、3日、実家近くのシネコンへ、観たかったあの劇作家の映画を観にいく。主演女優は、あんなに歌えるとは知らなかった。主演男優がうまいのは承知していたが。まあ〜氏曰く、芝居がうまい人は、歌もうまいそうである。デュエットが素敵な主題歌だった。笑えるシーンは多々あり。ラストシーンもとても綺麗で、ロマンチックだった。
そうこうしているうちに、短いお正月休みは終わり、4日が仕事初め。この日は交代勤務のため、年末に出勤した人は、お休み。それでも、私のチームは4人が出てきていたので、皆さんにご挨拶。課長にも。今年もよろしく、と言われた。毎年のことだが、本当か、と心で突っ込む。
と、見知らぬ番号から携帯に着信があり、不審に思いながら出ると、秋口に別の聖歌隊でお世話になったM神父からだった。何でも、また新たな式場の仕事があり、元締めの女性が隣県から出てきて打ち合わせをするので、よかったら参加して欲しいと。何時なら仕事終わりますか、と聞かれたので、5時過ぎに電話します、と伝えた。いきなりな展開。
のんびりムードのまま仕事は終わり、会社を出て連絡。打ち合わせというから喫茶店でお茶でも飲みながら、と思ったら、いきなり居酒屋だった。聖職者でも、お酒ぐらいは飲むでしょうけど。
到着すると、スーツ姿のM神父のほかに、小柄な私ぐらいの歳格好の女性と、イタリア人の中年の男性がお二方。このお二方も神父さんで、お一人は実家近くの、サヨコの住む都市からいらしたそうで。そして、女性が今度聖歌隊の仕事をプロデュースされるWさんだった。自己紹介すると、いきなりどちらの音大?と訊かれる。ご自身は、関東のM音大だそうである。ソプラノだそうである。うわあ、そこまで敷居の高い仕事はできないなあ、と正直に役者のなれの果てであることを言うと、まあ、経験があるなら大丈夫でしょう、と。場所は、職場の目と鼻の先。なので、今やっている聖歌隊よりも、通うのはずいぶん楽。
焼き鳥やら、チューハイやらをご馳走になって、6時半ぐらいになったら失礼しようかな、と思っていた頃、新客が現れた。端正な顔立ちの若い男性で、テノール歌手だそうである。いただいた名刺(何があるか分らないから、自分も名刺を作ってちゃんと持ち歩くべきだと思った)の住所は桜子と同じ区だが、イタリアに留学されたり、イタリア語通訳もされているとのこと。この日はあちこちで人に会う約束があったので、喉が疲れた、とおっしゃっていた。日本語は、声に負担がかかるらしい。ああ、この方は絶対うたざでは歌って下さらないだろうな。
Wさんに連絡先を書いたメモを渡したら、さっそくスケジュールの問い合わせがあった。今月はもう何だかんだと埋まっているので、2日間だけお受けした。式次第や譜面は自宅にFAXで送っていただくことにして。水・木・金と実家から仕事に通い、金曜の夜戻って来る。翌日は夕方のうたざ初稽古以外、何の予定もないけど、子どもが実家だとあまり集中して勉強しないので。
そして、土曜日、初稽古。懐かしい顔があった。素っ気ない私は、あ、と声を上げただけの反応だったけど。いつもの光景に戻ったな、と感じた。無事に元気に私達の元に帰ってきてくれたことに感謝した。そして、嬉しいような、寂しいような、青天の霹靂のニュースが、この次の週に飛び込んできたのだけど、それはまたいつかの機会に。
この日は、各人のソロ。曲目の最終決定に入った。合唱は、相変わらず、低迷。あの不具合なのを、やるべきかやらざるべきか、来週に審判を下す、そうな。どうなることやら。女性全員で、あのソングを歌うことが決まってしまっていたようで、自分はあまり気乗りがしなかったので、有志でやったら、と思ったけど、それは許されないようだった。この一瞬のハモリですら、難儀しそうな気配が漂ったのだが。
とりあえず、今年は何から始めましょう、ではなかったので、よいスタートだったのでは。
翌日日曜日は、また神社で、どんと焼きの行事があった。朝7時半頃から参加。この日も、おぜんざいの振る舞いがあり、燃え盛る火の近くで、ひたすらお餅を焼く。詳しい方に訊くと、ここはどのお寺どの神社のお札でもいいと言われたので、自分も古いお札やお守りを持参して、火にくべる。
初詣ほどではないが、ぼつぼつと人がやって来る。お札の他に、ご自宅のお鏡を持っていらして、ここで焼いて、と言われるので、そのお餅の番もした。
出かける頃にはまだ寝ていた子どもが、いつの間にか自転車でやってきていて、おぜんざいを食べていた。そして、お参りをして、いつの間にか帰っていったようだった。お昼近くに火を落として、おしまい。これで、とりあえず、今年度の大きな行事は終わった。あとは、境内の掃除当番が2回あるだけ。自分にお疲れさん、と言う。この日はお参りしそびれたので、次回の掃除の際に、も一度願掛けをするといたしましょう。

sarah-e | 日々日常 | 21:30 | comments(0) | - |
いつもと違った、暮れと正月
 さて、なぜ2011年の暮れは、一日早く仕事納めになったか。
今年、学区の神社のお世話役の仕事が回ってきたため。4月からひと月〜ふた月のペースで会合があり、いろいろ行事の手伝いや参加があり。何だか大変だあ、とある時父親にこぼしたら、そういう仕事をきちんとやっていれば、いいことが起こるから文句を言っちゃあいかん、と年配者らしい意見をされた。
一番目のメイン行事は夏祭りで、前日準備があった。関わっている方々は、もう何年もやって勝手が分っている方も多く、年齢的には、自分の父親・母親の世代の方々だ。だから私なんぞは何も知らない若造(ん?これって女にも使う?)なのだった。
その夏祭りの準備の時。外で男性方が提灯をつったりしているのを手伝おうとしたら、お姫様は中にいていいよ、と言われた。いやいや、力には自信があるし、と思ったが、手伝わせてくれない。ここでは男女共同参画法はまったく通用せず。で、所在なく、会議室で、母親世代の女性達の四方山話を聞いていた。
夏祭りの日は、さすがに、いろいろ仕事があり。その間、ある役員さんが私に、おいしいよ、食べやあ、とこっそりかき氷をおごって下さった。若造を通り越して、子ども扱いである。でも、この年齢になって子ども扱いされるのも、面白いものだった。
秋は、聖歌隊の仕事と行事が重なって、あまり参加できなかったが、年末・年始が、行事がとにかく目白押しなのだった。ついこの間はキリスト教の信者さんの前で歌ったのに、あんたは何教、と突っこみたくなる。仕事とはいえ、何だか節操のないことだ。どの神様が、私の願いを聞いてくださることやら。
本当なら年内最後の出社となっていた、12月29日は、すす払い。神社の清掃。朝9時に集まって、枯葉やどんぐり、ごみを掃き集める。その後、会議室で、初詣での参拝客に配る神箸をセットしたり、絵馬を作ったり。私が作ったものに、果たしてご利益はあるのか。11時から本殿で神事があり、厳かな気分になった。それから、家に帰って町内で取りまとめのあった、お札を配って回ったり、厄除け祈願の申し込みの方に連絡を取ったり。
30日に年末の買い物を済ませ、31日にかけて、おおまかに大掃除。そしていつもなら、実家に帰って紅白歌合戦を観て、母親の作った年越しそばを食べているはずなのだけど。
夜11時半に集合。自転車で。寒い。しかし、もう参拝の方々は並んでいらして。ここに13年も住んでいながら、お参りに来たことがなかったのだった。
私はテントの中で、参拝の方に振舞うおぜんざいのお餅を焼いたり、お神酒のおつまみを補充したり。例年より、参拝客は多かったとのこと。忙しくしている間に、年を越し、2012年が始まった。午前1時半まで働き、その後は当番制になるため、一旦帰宅。私は朝6時半から。入浴してから、ここで寝てしまっては起きられない、ビデオでも視て起きていようか、とも思ったが、ぎりぎりまで熟睡してしまった。慌てて着替えて自転車で。すっぴんで恥ずかしかったけど。
使い捨てカイロを背中に貼ったけど、この時間帯が一番寒かった。こんな早朝でも、散歩がてら、参拝にいらっしゃる方がぽつぽつみえて、神箸をお渡ししたりする。家族連れで仲よさそうに来る方々を見ると、複雑。
8時で一旦帰り、お雑煮を拵える。あと、前日から作っておいた煮物を出して、遅く起きてきた子どもに、食べてね、と言付けて、年賀状を見て、また神社へ。今度は、お正月の神事の参加。行事の時に着る、揃いの白い法被を着たら、衿が曲がっているよ、とある女の方が直して下さった。これだけ何日か会っていると、私にも親近感を持って下さるようで、娘の世話を焼いているようだ、と。でも、お嫁さんには、こんな風に触ったりはようせんわ、と。それから周囲で姑さん談義が始まった。聞いていると、今では逆にお姑さん方の方がお嫁さんに気を遣っているようで。仕事のお嫁さんの代わりに、お孫さんを病院に連れて行って順番待ちが大変だったとか、お正月はいつ来るかこちらが指定すると都合が悪いと言われるから、あっちで決めて連絡してもらっている、とか、お正月の料理も、何が好きか分らないから、聞いてから買いに行く、とか。今は、元日からスーパーがやっているから、便利ねえ、とか。私達世代とはいろいろ軋轢もあるだろうけど、親世代のこの方々がまだまだお元気で、いろいろ助けていただいてることもあるなあ、と感じた。
神事が終わって、自分もお参りをして帰る。宮司さんがおっしゃるには、今年は辰年で、竜神は変化・奇蹟を呼ぶ神様だとのこと。自分の周囲にも、素敵な変化がありますように。なりたい自分、したい生活に向けて、前向きに努力することも。そして、親愛なる人すべてが、健康で幸せな1年を送れますように。。。
sarah-e | 日々日常 | 20:33 | comments(0) | - |
またまた忘年会と仕事納め
 26日、月曜日は、今度はチーム内での忘年会だった。
幹事役のM氏が、何軒か候補のお店を出してくれたが、結局無難にイタリアンのお店。その前に終業後、1時間ほど車の故障部位や表現についての勉強会。普段の診断はメカ担当のM氏・S氏が行なうのだが、受付を行なう我々も、さわりの知識は必要、とのことで。このところ仕事がまったりしているので、M氏からもらった資料を見て勉強しているのだが、なかなか記憶力が低下している。でも詳しくなったら、ディーラーとかに再就職・・・できないよね。
イタリアンの店まで、Y夫人と、社員さん方と歩く。雪はこの日は全然大丈夫だった。前菜から始まって、パスタやピザ、デザートまで、盛りだくさんで大満足、メンバーにも好評だった。最初はシャンパンで乾杯し、幹事のM氏は途中でワインに切り替える。
関東出身のI氏が、年越しそばは盛りに限る、とおっしゃり、いやいやかけの温かいおつゆが一般的ですよ、と面々が口々に言っても、譲らず、そこから麺談義になった。それから、先週の忘年会の2次会でカラオケに行った話をT氏がし、SARAHさんの歌を聴きたかったけど、あなたは歌でお金を取る人だから、と言われ、いやいや昨日はタダで歌ってきました、とは言えず。またライブはないのか、とおっしゃるので、3月のうたざの宣伝を。今回はちょっと可愛らしい歌も歌います、と言ったら、ええっ、それはどうかな、とか、某演歌歌手のようにミニスカートは穿かないでね、と懇願された。でも、ぜひ聴きにきて下さいね、と。
そして、私は28日が仕事納め。火曜日はまたまた暇だったが、最終日はなんやかやとあり、自分の机周辺の掃除まではできなかった。まあ、年明けにでも時間ができるだろうと。部長初め、課長や、チームの皆さんに挨拶。来年もよろしくお願いします、とは、いつどうなるか分らないハケンの身としては言えず、どうぞよいお年をお迎え下さい、とだけ言った。明日は納会があるようなので、自分のPCや電話機にビニールをかけて、準備して、帰る。
仕事があるのは有難いことだ。いつどうなるかは分らないが、クビになるのは自分の非ではないのだ、と胸を張って思えるように、誠意を尽くしたい、愛想や気配りがないのは承知なので、その分きっちりミスのない仕事をしていきたい、と思う年の瀬でした。




sarah-e | 日々日常 | 22:40 | comments(0) | - |
THE CHRISTMAS SONG
 今年、いや、もう去年のことになるけど、クリスマスイブを挟んでの3連休。
1日目の23日には、友人に誘われて、近くのショッピングモールのイルミネーションを見に行くことにした。子どもも一緒に、地下鉄で何駅かなので、思い立って自転車で行ったが、折りしもこの年一番の寒波が来ていて、とても寒く、後悔したが。
まだ夕暮れまで時間があったので、友人の好きなカフェ巡り。カフェ、というよりかレトロな喫茶店、のような所。カフェオレとパンプディングを注文したが、温かいミルクに、ピッチャー状の小さい入れ物に、濃く抽出したコーヒーが入っていて、それを注いで飲むらしい。何か逆なようで、面白かった。それから、店内でかかっていた、女性のまったりしたヴォーカルが気になった。
それから、おいしいパンを購入したり、いろいろお店を見て回った。子どもがイヤーマフが欲しいといい、私も手袋を新調したかったので、雑貨店やら、ブティックやら探したが、これぞというものなし。そうしていたら、イルミネーションが点灯していて。携帯のカメラで撮影。ブログの写真貼り付けって、いつできるようになるのかしら。
その後、友人が雑貨店で時計を購入。すっかり冷えたので、またお茶をしに。結局、そのカフェで夕食も食べていくことに。自分らの席の隣りでは、20代の女子が3人で、クリスマス会をしているようで、プレゼント交換をして盛り上がっていた。帰りは寒いので、友人が300円ショップで買った自分のイヤーマフを子どもにくれた。自分はまた買ってくるから、と言う。いいの、見つかったかなあ。
24日は、子どもは合唱部の合同コンサートがあるため、出かけていった。私は今年最後の歌のレッスンの日。このところ停滞気味だったが、この日はすっきりと、コンコーネもイタリアアリアも、新曲へ。あの秋の歌も、もうそんな季節でないので、来年はあの、3年越しのドラマのテーマソングをやります、と宣言した。最近、上の声を出すことを少し投げているので、また来年はぼちぼちチャレンジしなきゃあ、と思う。先生からは、もっと目標を明確に持った方がいい、といったニュアンスのことを言われたので。
その後、車の修理に出かける。このところ走行中エンジン警告灯が点灯していたので。ディーラーで待っている間、占いのサービスがあったので、きれいな関西弁のお姉さんに、コンピュータとタロットで占ってもらう。願い事は、すっきりといかないらしい。彼女曰く、私は情の深い性格らしく、すっぱりと断ち切ることは出来ないらしい。そんなことはないけど。後味の悪い結果になることは、したくないだけ。きれいに、後腐れなく、決行したい。でも、諦めないで、前向きに頑張って、というカードのメッセージが出ていますよ、と。はい、頑張ります。
空模様が怪しい。うたざの稽古はないので、ゆったりと、でもクリスマスイブらしいことはせず。子どもはもうサンタクロースを信じず、(結局ママだったんでしょ、と。小学校5年ぐらいからうすうす気がついていたらしい)自分で好きな声優のCDを2枚、買ってきていた。
翌日、クリスマスの日は、これも今年最後の聖歌隊の仕事。そして、私もこの日は本番。というのは、お世話になっているM牧師から、クリスマスの日、信者さんのクリスマスの集会があるので、そこで歌ってもらえないかなあ、と依頼を受けていて。もちろんボランティアだけど、今年は人前であまり歌っていないので、いい経験にさせていただこうと、お引き受けした。うりこ嬢は都合が悪く、もう一方のKWさんと、馴染みのピアニストのKさんと一緒なので、曲の打ち合わせを一週間前から。4曲ほど、と聞いていたので、ソロをそれぞれ2曲、いつもハモっている賛美歌と、きよしこの夜を二人で。私は荒れ野のはてに、を歌うことにして、譜面をFAXでもらって、自主練習。グローリア、の4小節はなぜ一息で歌えないのか、と悶々としながら。
当日朝、降る、と言われていたが、やはり、雪が降り出した。1月のライブの時を思い出し、イヤ〜な予感がする。教会のチャペルでKさんに会い、どうも二人揃うと雪になるみたいだね、と笑う。
この日は、そういう天候のため、フラワーシャワーも屋内で。お式が終了してから、その場でしばらく稽古していたが、会場に移動して合わせることに。衣装(といっても、結局これもライブの時のクラシカルワンピース)に着替えて、Kさんの車でもう少し北に移動。雪はしんしんと降っている。でも、さすがにあの時のような、どか雪ではない。
会場は、教会で、厳かな雰囲気、を想像していたのだが、カラオケ喫茶だったので、意外。しかし、クリスマスの飾りつけをし、テレビでみた、ゴスペルの教会のような感じ。
信者さんと一緒に歌う曲の中に荒れ野のはてに、も入っていたので、急遽曲目変更。また、もう少したくさん歌ってほしいとのことなので、あと2曲を選曲、練習。ソロは、M牧師のリクエストで、ホワイトクリスマスにする。いいんですか、雪がどんどん降りますよ。。。
2時頃から、予定通りスタート。信者さんは、25名ぐらい。ちゃんと、聖書の朗読や、M牧師の兄上のお説教もあり。その後、信者さん方と歌い、自分らのステージへ。歌手のSARAHさんです、と紹介されるのが、恥ずかしい。
ソロは、ワンコーラス目は日本語、(雨は夜更けすぎに、の方が訳詩の)、ツーコーラス目は原語で。歌うのは、確か初めてだけど、あの渋い、本家本元のをよく聴いていたので、何とか。ちゃんとKさんが、ジャズっぽくアレンジしてくれた。手拍子までいただいたので、楽しんでいただけたかなあ、と。
最後のもろびとこぞりては、賑やかにKWさんと歌えたので、よしよし。しかし、きよしこの夜、の方は歌手、とはいえない出来であった。ハモリは、やはりいきなりでできる曲とできない曲があり、それは自分の技術が足りないなあ、と。もしまたこういう機会があったら、1回ぐらいは前もって稽古したいなあ、と思った。いや、本当はやれなきゃいけないんですけど。
信者さん方が、感謝します、とても素敵でした、と握手して下さる。私はクリスチャンではないけれど、何事も感謝の気持ちを持つことは、大事だなあ、と改めて思う。
雪が小降りになってきたので、また来年もよろしくね、とおっしゃるM牧師に挨拶して、会場を後にする。Kさんの車でチャペルまで戻り、それぞれの車に乗り込んで、帰宅。よいお年を。当分聖歌隊の仕事は入っていないが、Kさんとはうたざの稽古やら、オペラ観劇やらで、またお会いできそう。
折りしも、FMラジオから、本家本元の、I‘m dreaming of a〜が流れてくる。クリスマスソングのレパートリーは少ないが、いつか歌いたいのが、1歳の子どもから92歳まで、クリスマスおめでとう、という歌詞の。
夜はチキンとフライドポテト。リースもツリーも飾っていない。また去年と同じ繰言になってしまったけど、いつか、心から祝いたいクリスマスを、ちゃんとやる。子どもと二人か、子どもが独立して、自分一人だけでも。

追記;年末整理をしていたら、何年か前にiichan劇団でボランティアのクリスマスの出し物をした時の台本と譜面が出てきた。その時歌った賛美歌がいい曲だったのを思い出した。あれにすればよかったか。まあ、次の機会に。。。
sarah-e | 日々日常 | 19:37 | comments(0) | - |
それは業務命令ですか
 年末も押し迫り、会社の忘年会の季節がやってきた。
今年は、湯豆腐としゃぶしゃぶのお店。司会は前回のO氏送別会に引き続き、私達チームのI氏。リーダークラスによる、アトラクションも恒例となったようで。
それに先立ち、ぼさぼさが限界だったので、美容院へ。最近はフリーペーパーで見つけ、クーポンを利用して、お値打ちに、が続いている。で、ぎぶにゃんの住んでいるあたりの、初めての美容院へ、自転車で出かけることに。地図片手に、予約の5分前に近辺まで到着しているにもかかわらず、店が探せない。商店街の中にあるようなのだが。喫茶チェーン店に着いたところで、電話して問い合わせる。とても元気な男性が出て、説明してくれて、探したが、まだ分らない。久々の迷子経験。思い余って、洋品店のおじさんに訊いたら、このビルの2階じゃない、と。ああ、上までは見てなかった。
ようよう入ったそこは、電話に出た男の人が一人でやっている美容院なのだった。お客も私一人。確かに癒し系のサロン、と紹介されていたが、ざわざわして活気があった方が、落ち着くなあと思った。男の人はでも話し好きで、住んでいるところが実家の隣町だったので、親近感は湧き、へナで毛染めの話やら、あのドラマの話で盛り上がったのだった。あまりに話題騒然だったので、先週から視始めたため、細かい部分の設定が分らなかった。家政婦の派遣されている家庭の主人が、不倫したあげく奥さんが自殺してしまった割には、妙に爽やかだし、大きい子どもが4人もいるのに、妙に若いし。義理の兄を好きになってしまう、という妻の妹はリアリティがあったけど。子ども4人がすごく仲がよくて団結しているのも、妙。でも、末っ子は可愛いい。そして、あの家政婦のように、私も会社で無表情で、承知しました、と言ってみたくなった。
さて、課の忘年会は、水曜日。終業後、Y夫人、TU夫人、そしてお子さんも小学生になられたので、今年から参加、のI夫人、いつものハケンメンバーで移動。途中、デパートのおいしいベーカリーでパンを購入。会場に忘れてきたり、誰かに潰されたりしないよう注意。
席順はくじ引きで。どきどきしていたら、何とまた部長の隣り。でも、前にも書いたけど、とてもユーモアのある気さくな方なので。今回は社員の皆さんが5月に旅行先で創作された焼き物が展示されているので、その話題で盛り上がった。それから、出し物の話。うちの課と兼務で、普段は別のところに席があり、仕事のある時だけ私の隣のデスクにいるIB氏(リーダークラス)は、初めての参加なのに何でこんなことをいきなりやらされるのでしょう、と始まる前から落ち着かないご様子だった。
そしてI氏の案内で、アトラクションスタート。今年は、大喜利でした。しかし、若い女性社員さんの中には、あの長寿番組をもはや、知らない人がいたというのが、誤算であったようだ。スベる回答の人には、座布団を取り上げられるのではなく、青汁を飲み干すという罰ゲームが。我がチームのK氏はネタを考えるのに、夜も眠れなかったとか。で、結局勝ったのが、IB氏で、賞品として部長から、すっぽんの甲羅をいただいていた。
次の団体が詰まっているため、時間通り8時過ぎにお開き。例のドラマの最終回に向けて、急いで帰宅、総集編に間に合った。ふうむ、アウトラインはよく分り、話題だった家政婦の涙と微笑みは美しかった。しかし、最後は感動したものの、明るい気持ちになる終わり方ではなかったような。終盤で家政婦が言った、奇蹟というのは起こるから奇蹟というのです、という台詞は印象に残った。これが、視聴率40パーセントだったようで。私のような駆け込みの人が多かったのかしらん。
何となく小腹が空いたので、寝る前なのに、買ってきたコーンパン(さすがに小サイズ)をついつまんでしまった夜でした。
sarah-e | 日々日常 | 15:20 | comments(0) | - |
今年の総括
 尊敬するあの方のレッスン後は2週稽古があった。
第2週めは、やや疲れ気味で到着。午後、郊外の都市へこんにゃく座のオペラを観に行った面々は、もう稽古場にいた。一番ひどいあの合唱曲のハミングの稽古から。もう1曲は断念したのかしら、と尋ねたら、間に合ったらやります、と。こちらの方が可能性あり、とあの方はおっしゃっていたけどなあ。
この日はソプラノ陣がいなく、3パートで合唱のみを練習。まあ〜氏がいたので、聴いてもらい、いろいろ指摘してもらう。ハミングは、何だか息も響きもうまくいかない、と思っていたら、出し方を誤っているためのようだった。口を閉じるか開けるか、口の中の空洞の広さ狭さとか、人によってコツの掴み方はまちまちだが、鼻や頬や頭で響かせるのは一緒で、体育会系の合唱部でひたすらハミングの稽古をしたというまあ〜氏のエピソードに絶句。歌うための身体造りも必要なことだ。特に、衰えが目立つ今日この頃は。
それから、各パートばらばらになって、お互いを聴きながら、歌う稽古。私は、代表とキヨシの間に入って歌う。何だか、隣りの気負いの空気まで感じられるようで、落ち着かない。ここでは、人の声ばかり聴こえて、自分の声は全くといっていいほど聴こえない。それがいいのか悪いのか、よく分らないけど。
そのまた次の週は、町内の会合(これについては、また。)があり、ずいぶん遅れて稽古場へ。合唱をやっているかと思いきゃ、ソロを各人披露していた。まだ決定していない人は、候補作を歌って。そして代表が時間を計っていた。自分は、一人で歌うのは無理だ、と言われた以外の3曲を。かなり短いなあ、と感じたが、まあ中身をちゃんと濃くして臨もうか。最初の曲は尊敬するあの方の指示通り、半音上げたが、譜面は未完成。3曲目は、ワンコーラス目は自由に歌おうと思って、そうピアニストNさんに告げたら、ちゃんと即興で合わせてくれた。さすが。これももうちょっと雰囲気が必要だなあ。
ひょっとしたら、持ち時間内で自分の世界を創る、というコンセプトが崩壊しそうな予感を残し(そうなると、趣旨が転換してしまうと思うのだけど)12月の稽古は終わった。思えば、休んでいたため今年は半年間の活動だった。それも、うたざで人前で歌うことは、全くなかったのだった。
稽古後、今年最後のファミレスへ。たまには雰囲気を変えましょう、とやや遠めのファミレスへキヨシ、お嬢と行ったが、ハンバーグ店に変わっていたので、結局よく行くところへ逆戻り。
何となく今年のまとめを自分がしたがったため、そんなような話になり。お嬢は今年の本公演の歌唱があの方に80点をもらえ、満足だと。その前のオペラの公演では、私はあの方に75点をもらい、ああ、まだ25点もパーフェクトまでには届かないのだ、とがっかりしたら、作曲家が何で不満なの、とおっしゃっていたのを思い出した。
お嬢は、3回の公演の中でも、2回目が自分の中でよく歌えたと。舞台上のある場所に坐ってから歌い始める段取りだったところ、初日にはそこに誰かがいたため、勝手が違ってしまった話。2回目は大丈夫だったが、結構ギリギリまでその場所にいて気が気でなかったという話を聞いて、芝居ではよくありがちな話だったので、可笑しかった。
しかし、キヨシもお嬢も、私生活の総括となると、ヒミツ、な感じだったので、自分だけ、決意表明をしてしまった。決行の暁にはご協力を、とお願いしたが、あまり後味のよいものではないだろうなあ。
という訳で、何気なく終わった、2011年のうたざでした。

sarah-e | 座うたざ | 21:35 | comments(0) | - |
誰でもその歌を歌える
 あっという間に師走になり、またあっという間に年末がやって来るのだろう。
まずは、尊敬するあの方のレッスン。
第一日めは、土曜日の午後から。実家へ子どもを連れていってから、稽古場へ。自宅から行くより近いと踏んでいたのがたたって、しかも車の駐車に戸惑い、余裕を持って到着できなかった。桜子とYくんがもう来ていて、ピアニストのNさんと声出しや、歌う順番を決めていた。
自分とサヨコ、二人とも候補に挙げている曲を歌っているところへ、あの方が到着。最後の方は、ちょと聴いていただけたかしらん。
順番に。まず、Yくんから。彼は以前も書いたが、素直なので、変化が顕著に現れる。あの方が言ったように、歌う時にこういう性格で、こういう声で、とイメージを持って、ある意味思い込んだり、なりきったりすることは、必要だと思う。自分も、高い音域の曲は、そういう声を意識している。けど、なかなか気持ちよく実現することは、少ないけれども。
この日は、桜子のお知り合いの女性と、演出家のNさんが稽古場見学に来ていた。その中、自分は3番目に歌う。まずは、低いのから。何でこの曲を選んだのか、とあの方は問うたが、本当はあれを歌いたかったけどカブってしまって、とは言えず、景気よく始めたかったから、ということだけ言った。しかし、移調が低過ぎたことを指摘される。譜面が書きやすいE-mollにしたのは安易だった。もう半音上げることになった。譜面、書き直し。
2曲めは、さっき歌っていた、サヨコとカブっているソング。これも、どうして私が、と思われたことだろう。声色を使おうとして、声がひしゃけて、音程も届かず失敗。音の取り間違いも一箇所あり。それ以前に声色を使う、という概念がそもそも間違っているし、まあ通用しないことが分った。
これは、そんなに高くない。だから、あの方も、まあああいう低い持ち味だけじゃなく、こういう普通の女声音域の曲も、歌えなきゃならないんだけどね、とおっしゃる。そうなのだ、私は普通の曲を、普通に歌いたいだけなのだ。そして、誰でも歌える音域の曲なら、移調する意思がない時には、原曲の音で難なく歌えるようになりたいのです。もっと欲を言うと、もっと上が出したいのですが。
このソングはピュアな声質の、可愛らしい人が、少女のつぶやきのように歌う、というイメージが大きいだろう。しかし、うまく自分の意図が伝わるかどうか分らないが、とにもかくにも、やってみたいので、あの方に続いて、中音域も呟くように頭声で、歌う。歌いながら、これでは声にインパクトがなく、伴奏に負けているのではないか、と感じたが、後で録音を聴いてみて、ちゃんと響いていることが分った。これは、以前に比べて、ほんの少しだけ出来るようになったことだろう。だから、頑張らなくてもいいのだけど、つい、張り切っちゃう癖が、まだ完全に抜けていない。
サヨコが歌った、美しいソングを、全員で歌う。その際も、上の音で気持ちよくなって、口ががばっと開いていたようだった。このソングも、SARAHは3度くらい下げて歌うと、いい雰囲気になる、と言われて、複雑な気分。
桜子の雰囲気のある曲も、しっとりしてよい。それから、Yちゃんの小品集を聴いて、夕食。ほか弁屋さんで天丼を買って、慌てて戻る。
合唱曲を披露。ひどい出来だった。先週代表がつけた強弱が元の木阿弥。これ、本当にやるの、と言われた。まだ、7月からぼちぼち稽古しているのの方が、よかったらしい。そして、ついに桜子がソプラノデビューし、アルトは3人に。
遅れてきた代表に、合唱曲の成果を報告すると、がっかりしていた。
第2週めは、金曜日の平日午後から。仕事は暇だったけど、金曜日とて、早退しにくく、終業後、駆けつける。先週出られなかった、代表とお嬢のソロから、稽古していたようだった。今日は何を歌う、と訊かれて、本当は候補曲ざっと聴いてもらって、歌う可否を判断していただきたかったのだが、一番自分にとって未知の部分の多い、オペラの抜粋にした。
この日は、とにかく力を抜いて楽に歌う、というのに徹して、他の人の候補のソングも、そのように全員で歌う。そして、自分は、音程もよくなく、があがあは歌わないものの、上に上がってきてあっぷあっぷの状態。そもそも、これは掛け合いなので、一人で歌うのは不可能、とも言われた。誰かと一緒に歌うのならよいと。で、後半の部分を、例によって、言葉をつかないように、練習。上は、力で音を上げない方法で。これがすんなり出来れば、きっと音程で苦労することもないのだろうな。よくぶら下がっている時に上げて、上げて、というが、この時だけ意識して上げようとしても無理、というようなことも、あの方はおっしゃっていた。そして、久々にごろごろと転がって歌う。いい加減、これからは卒業しなきゃあいけない、進歩がないなあ、と情けなくなったが、ここで再確認しないと、歌えない、まあ自分にとって儀式のような、おまじないのようなものだ、と思うことにした。
そのうち、全員が揃ったので、合唱の稽古。アルトのBの音は、もっと輝かしい響きでないと駄目だと言われた。ソプラノも墜落しないように、と。Yくんは、かすかに歌う部分や、ハミングが上手で、褒められていた。器用ではないけれど、努力家で、素直であるので、伸びるのが早いかもしれないなあ、と感じた。
少し可能性が見えてきた、けど、途は険しい。大丈夫かなあ。
この日は、稽古が終わってから、忘年会。稽古場近くの居酒屋さんで。花火以来の本公演の出演者であるIさんや、久々に会うぎぶにゃんと、主に話す。あ、それから、iichan劇団の、Mさんも。とても可愛い役所だった、と申し上げた。尊敬するあの方はといえば、最近購入された電子黒板に夢中で、Yくんを相手に、ご所望のCDの注文に終始し、他のメンバーともあまり話が出来ずに残念だった。この日は歩きなので、終電の時間が気になり、あまり飲まず、開放感もなくぎぶにゃんと地下鉄で帰路につく。週末で、我々のような、忘年会帰りの方々大勢が、遅い時間にもかかわらず、ホームにわんさかといたのでした。
sarah-e | 座うたざ | 21:50 | comments(0) | - |
天真爛漫さ・家族
 日曜日は、午前中、家事にいそしんだ。掃除をしたり、不用品を片付けたり。独身一人暮らしの頃から使用していた石油ストーブを、処分することにした。お湯も沸かせるし、灯油もファンヒーターより食わないから、6畳ぐらいの部屋はこれで充分だったのだけど、もう芯も古くなって、焚くと煤が出るようになった。ので、捨てる。次の粗大ゴミは来月頭なので、申し込みをしなければならない。来るべき時に備えて、身辺をすっきりさせなきゃあ。
なのに、温かい飲み物が恋しくなったので、住まいを移ったら使うように、大切にしまってあった花柄のマグカップを、ついに取り出して使ってしまった。ううむ、こうやってどんどんとっておきのものを出してしまって、新生活が夢で終わってしまうのかなあ、と悲しくなったが、諦めない。
子どもは午後から塾で勉強する、というので、迷っていた、iichan劇団の公演を、観にいくことにした。いい時間に到着。駐車場も空いていたし、席に落ち着いて10分ぐらいで開演した。
病院の4人部屋で繰り広げられる。ベッキーちゃんは大学生の入院患者役。若い看護師役の子が押しが強くて、面白い。芝居は荒削りだが、こういう人、いそうだなあ。代表のI氏とOYさんが夫婦役なのは、以前観たあの作品を彷彿とさせるけど、今回はいがいがした夫婦仲のようで。親子、夫婦、義理の親子、いろいろな家族関係が出てくるけど、ああやって本音をさらけ出し、醜い部分も見せて、ののしったり攻撃したりしながら、それでもいつも間にか許して、繋がって、自然にまた寄り添って生きていくのが、家族なんだなあ、と実感した。OYさんの役のように、憎んだりしていても、気になって甘えたり、でも相手の優しさを感じたりとか。それも出来ないというのは、そもそも家族として成り立っていかなかった人を選んでしまったからではないか、と考えたりした。どっちが悪い、というのではなく、選択ミス・判断ミスだったのではないかと。よく夫婦円満の秘訣、というのを聞くけど、そんなに努力したり、我慢したりしなけりゃ続けていけない、というのは変だとも思う。いやいや、私にそれらがが足りなかったのだろうか。
Mさんが、可愛らしい役どころだった。私は、これからもっと大人になるのだけど、こういう風な大人になりたい、と思う。iichanはその自由奔放なお姑さんに振り回される嫁の役だった。周囲は、大変だよね、きっと。でも、私は傍迷惑でも、こういう風になりたい、やっぱり。最初、姿が見えず、台詞だけで二人のやり取りがあるのだけど、意外にも声のトーンや話し方が不思議と似ていように感じて、自分の耳はもっと明確な聞き分けがしたい、と思っていたようだった。
これはまったくの個人的意見で、生意気を言って申し訳ないけれど、iichanと、Kちゃんは役が逆なのが、多分自然だったのだろうと。でも、配役、というのは、全役ぴったりの役者さんに、ではないから面白い部分もあるのだろうなあと。
ベッキーちゃんと母親役との会話が、痛かった。子どもと離れることは、今の自分には考えられないけど、でももし私一人で生きていくことにしたら、子どもはこんな風に自分のことを思うのか、とか。でも、義務だと言われても、勝手だ、うっとうしい、とか非難されても、それが母親の心情なのだ、と。
それは、主役のGさん演じる母親役が、一番よく伝えていて、お見舞いに久々に現れる息子を待ってうきうきしていたり、生まれてくる孫のために、多分そんなに要らないし、履かないだろうと思われる靴下をせっせと編んだり。黙々と働き、洗濯や、食事の世話をし、看病し、そうやって子どもを育ててきた、どこにでもいるけど、偉大な母親。その温かさに、心が動かされた。こういうのは、実際親になったり、それなりの年齢にならないと、実感できないことなのだった。
うっときて泣けそうになるけど、すぐ可笑しくなる台詞が来る。その間合いがいい感じだった。
この劇団のパンフには、いつもその作品にちなんだ内容の、出演者のつぶやき、が掲載されている。今回は当然、家族、なのだが、秀逸なのは、家族へ、というTくんのだった。何かあったときの連絡先を決めましょう、年に1回は集まりましょう、というのが、独立してなかなか顔を揃えられない、という現代の家族のありようも反映しているようで、感慨深かった。
家に帰って、夕方、子どもの勉強を見たのだけど。桜子がブログで書いているように、私も、子どもに温かい飲み物を淹れてやって、夜、部屋を覗いて、半纏を着てこつこつ勉強している子どもに、頑張っているね、と声をかけ、夜食を差し入れる。。。と優しく励ます自分の姿を想像していた。しかし、現実は。叱咤、叱咤、叱咤の嵐。
試しに理科の問題を出したところ、何にも暗記していない、何も理解していない。この一週間、何をしていたのか、塾で何をしていたのか。まさに一夜漬け状態、一からやり直し。お陰で100グラムの重力の単位がN(ニュートン)とか、重さと質量の違いとか、圧力の公式とか、1気圧が1013hPaとか、私も勉強できましたよ。金属光沢とか、展性、延性、とか普段使わない用語も。
お陰で、大河ドラマの最終回も視られず、韓流ドラマも視られず。頼むから、自分で勉強して、点が取れるようには、なってくれないのでしょうか。歌歌ったり、仕事したり、いろいろなわらじを履いてるけど、人にものを教える、というのは、多分私は一番不適格でしょうから。
高校受験までこんな状態が続いたら。高校に入っても、勉強についていけなかったら。いや、大学でも、社会に出ても。子どもを持つということは、いつまでも気苦労の絶えないことだなあ。


sarah-e | 観た・聴いた・読んだ | 20:44 | comments(0) | - |
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