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宝塚熱、再燃。
一時期(子どもが中学1年ぐらいの頃)BSで金曜日の夜にやっていた、宝塚の作品やショーを見てスーパー娘役、まり様にハマってしまったのだけど。
今年また、今度は職場のWさん、Oさんと宝塚歌劇に夢中になってしまった。今度は、花組トップになった、フェアリー系の男役。とにかく美しい。それから、歌がうまい。太い声にするためにこもったりしてしまう男役がいるけど、彼女の声はとてもクリアで、でも力強い。
熱が嵩じて、6月、市内の劇場にあの名作の再演がやって来る、というので、3人で出かけることにした。
ジャニーズのファンで、チケットを取るのはお手のもの、のWさんだけど、こんなに人気だと思わなかった、とのこと。2階席になったが、とても楽しみにしていた。
土曜日、4時からの開演。現地で待ち合わせることに。早めに着いたので、ロビーでグッズを見る。パンフレットと、宝塚の月刊誌を購入。(後日、この劇場のビル内にグッズ専門店があることを知り、会社帰りに絵葉書や写真を買って、専用のアルバムまで買って、職場の引き出しに入れて、時々眺めてご満悦、の私。)
席に坐って、パンフを読んでいると、Oさん登場。最後に、やはりグッズを見ていたWさんも到着。普通の芝居を観る時とはまた違う、ワクワク感。
お話自体は劇画で有名。その劇画がセットで使われたり、タイトルがそのまま電飾の文字になっていたり、最初のなれ初めのシーンが人形振りっぽくなっていたり、つっこみ所は満載なのだけど、とにかく美しい。Wさんが準備よくオペラグラスを持っていたので、素敵な貴公子のお顔をはっきり見ることができた。舟のシーンは、あるバージョンだったし、メインは貴公子と王妃編なので、あの男装の麗人はちょと脇役扱い。王妃役のトップ娘役は、なんとなく型にはまった感じの演技で、多分まり様の方が素敵だっただろうな、と感じた。(当時、相手役だった方が、最後の牢獄のシーンがいちばんみすぼらしい様子なのに、一番そこが美しく、誇り高く見えた、と言っていたのが、まり様の演技力ならさもありなん、と思った)でも、今回の王妃役の方の名誉のために書くけど、他の作品では可憐で魅力的だったので、あの節回しの独特さは演出だったのかなあ、と。この作品はそれこそたびたび再演されているけど、どうも初演の演出を踏襲している感があって、それが宝塚らしさでもあり、でもちょっと今には似つかわしくない、と思ったりもしたり。専科の、王妃のお付き役の伯爵が、彼女のために身を引いて下さい、と頼む演技がかなり説得力があって、凄いなあ、と。
でもでも、楽しかった。みりおさんの容姿とともにやはり歌唱力に圧倒された。お話は悲劇だけど、フィナーレは華やかなので、また気分が高揚。興奮醒めやらぬ中、人混みを縫って、劇場を出ようとすると、出待ちのファンでごった返していた。開演前のロビーでも、ファンクラブでそれぞれ固まっていたり。なかなかディープな世界です。
この日は引き続き夜、仕事仲間だったTさんと待ち合わせて飲む約束。合流して店を探すも、どこも満員で入れず。そしたら店を紹介してくれるバイトのお兄さんがいて、この辺で雰囲気のある、バールっぽい店、とリクエストしたら、ちゃんと空き状況を確認して連れて行ってくれた。そういう仕事があるんだ。。。
4人で再会を祝して乾杯。アヒージョやピザ、パスタなどを注文。Tさんはしばらく家にいたけど、この春から金融系のパートを始めたようで、毎日がとても楽しい様子。我々も移転後の現状を話す。11時頃、お開き。久々に遅い帰りになった。
それからは、劇場中継や、ジャニーズの番組にみりおさん方がゲスト出演するというので、まめにチェックしたり、ネットで情報を集めたり。Wさんがついに宝塚専用チャンネルを契約したので、BDに落とせるものは貸してくれたり、ダビングしてくれたりする。トップになる前の作品を観るのも楽しみで、あるミュージカルでは(この作品、よく出来てる。宝塚にもあっている)女役をやっていて、それがとてもチャーミングだったり、組み替え前のロミオ役も素敵だったり。(ジュリエット役の娘役の人はまり様ほどではないけど、うまいと思った。乳母役の、専科の人の歌唱力が素晴らしい)アンドレもきりりとして格好よかったり。
他の方の作品も観た。まり様が好きなので、トーク番組だったり、あの歴史ものだったり、コミックが原作の、宝塚では異色の昭和初期の時代のものだったり。
1990年代の再演ものも観た。Wさん曰く、バブルの頃は衣装も華やかだと。確かに。その時貴公子役だったトップは、3年ぐらい前に亡くなられている。そういう感慨を持って観た。舞台は一瞬ものだけど、こうやって映像に残っているのは、嬉しいことだ。サヨナラ公演だったり、退団の舞台挨拶入りのを観ると、舞台をやっている者のはしくれとして同調してしまうし、逆に初舞台生の口上やロケットには新鮮な意気込みを感じたりする。トーク番組では、それぞれの人柄や魅力を知ることだけでなく、役作りや演技者としての心意気などもよく分かって面白かった。男役10年、と言われているらしいけど、容姿もさることながら、どう恰好よい男を演るか、はテクニックや芸の域なのだなあ、と。
そして今度は、また同じ劇場に、またまたこれも宝塚のヒット作が来ることになり。月組なのでみりおさんはいないけど、あのジュリエットだったトップ娘役さんは観られる。Wさん、今度は先行予約で頼んでくれた。今月末、3人で行くのが楽しみ。そして、伝手を頼ってWさん、ついに本拠地大劇場の花組公演のチケットも取ってくれた。4月の第2週。11時からの公演だけど、新幹線なら8時にこちらを出れば間に合うと。その頃Wさんは旦那さんの転勤があるやもしれず、私もOさんも会社の合併でどうなるかわからないけど、楽しみが増えた。今年は寒さの厳しい冬だけど、その頃は例年通り暖かくなっているかなあ。

 
sarah-e | 観た・聴いた・読んだ | 23:18 | comments(0) | - |
新美南吉とブリテンは同い歳
 7月の最初は、コンサートを聴きに行った。
前の本公演のピアニストで、就職されてからもたびたび稽古でお世話になっているNさんが参加している、作曲家のユニットの作品発表があったので、平日の夕方、仕事が終わってから出かけた。そのユニットのメンバーで、最近よく弾いていただいているNくん(同じイニシャルで紛らわしいけどこのままで)と、Nさんに差し入れの花束を持っていこうとお花屋さんを探したけど、職場近くの花屋さんはあいにく休業日。携帯で調べて探す。一軒見つかり、電話してからそこを目指す。お店、というよりお花の問屋さんのようなところで、分かりにくかったので、近くの新聞店で聞いて、たどり着く。
と、中ではお弟子さんのような方がフラワーアレンジメントの特訓を受けているようで、時間内に仕上げるようにと言われているようで、必死になってやっていらっしゃる。店主の年配の女性が愛想よく応対してくれたので、若い男性と女性向けにブーケを作ってください、と頼んだ。しかし、店主は弟子には厳しく、出来上がったアレンジメントを一瞥して、駄目出ししたいことはたくさんあるけど、お客さんがいらしたので、自分で勉強していてね、と冷たくおっしゃっていたのだった。まだまだ知らないこと、自分で対処できないことが仕事上たくさんある自分と照らし合わせ、新しいことを仕事にするのは大変だなあ、としみじみ感じた次第だった。
というわけで才色兼備な二人に似つかわしいだろう、お花を抱えて、向かう。会場はとある企業の中の音楽ホールで、初めて行く。知り合いの役者Kちゃんが、近々ここで朗読劇をやるそうで。ここも若干迷ったので、開演時間に少々遅刻した。受付にはNくんが。そうか、作曲者だから、自ら演奏するわけではないからか。
音楽ホールだから音響もよく、客席も100席ほどで、なかなか雰囲気のあるいい空間だった。このくらいのところで、ソングコンサートやライブをするのはいいかもなあ。最初はNさんの方の作品で、女性らしい、柔らかな印象を持った。コーダというのか、ジャズだとエンディングだけど、が、ふんわりとそこはかとなく終わる感じだった。
Nくんのは聴きごたえのある弦楽四重奏曲で、変拍子のところが、私の好きな交響曲の第三楽章のようで、印象深かった。
現代音楽は難解で、まっとうな音楽教育を受けていない自分には馴染みのないものだけど、クラシックばかりじゃなく、彼ら彼女らのように新しいものを創作し、演奏していく、という試みは必要だし、それがもし次の世に受け継がれたら、それはジャズでいうところのスタンダード曲になるだろうし。ともあれ、演奏のみならず曲を創れる、というのが凄い。以前軽い気持ちでNくんに、日本語の詩に曲は乗せられるの、と訊いたら、できないことはないですよ、という返事だった。余程インスピレーションの湧く詩を自分で見つけて提案できるか、それとも彼らが作曲したい、と思えるほど、こちらがよい歌い手だったらいいのだけどね。
最後は、中学校の時の音楽鑑賞で聴いた、パーセルの主題による、ブリテンの曲。またそれを、Nさんらがアレンジしたバージョンもあり。この主題をリコーダーでやおら吹いていた記憶が蘇った。
今年はブリテン、生誕100年の年だそうである。そういえば新美南吉もそうで、お坊さんを主人公にした初期の作品が復刊したり、読み応えのありそうな評伝が出たりしている。単行本なので、普段文庫しか買わない自分にはちょと高く感じるけど、買いそびれてしまうと二度と手に入らなくなるのが昨今の出版事情のようなので、えいやっと買ってしまおうかなあ。劇団にいたころよく上演した、あれが一番有名な作品だけど、「人間ってそんなにいいものかしら。」や、「わしの商売のやめ方は、これだ。」の台詞が印象的な作品も好き。それから、男の子が、自分の名前は清廉潔白の、れんだ、というのも。
ユニットに新しいメンバーが加入した報告があって、コンサートは終わった。次の作品発表予定はまだ先で、だけど多分すぐきてしまうだろうから、頑張っていい曲創ってね、と願うのみ。でも、お忙しくても、今後ともぜひ我々の活動にもご協力下さいね。
sarah-e | 観た・聴いた・読んだ | 22:47 | comments(0) | - |
聴いた歌、うた
 慌ただしくしているうちにすっかりご無沙汰だったので、何とタイトルつけてよいかわからず。
まず、まだ新しい職場に慣れない10月の下旬、今年初めまでレッスンを受けていた先生のコンサート。同じ門下生のソプラノの方とのジョイントで、平日夕方だったが、いつもと逆方向に乗って、音楽専門のホールへ出かけた。ここへは、昨年、合唱を聴きに来たことがあったっけなあ。
仕事が決まるまで、よくこの界隈に面接やら派遣登録やらに来たなあ、と感慨を覚えながら。先生はメゾソプラノであるのだけど、この日はどちらかと言うとアルト、といっていいほどの深い、クラシックの方にしては低めの声でしっかりと歌われた。二重唱あり、オペラアリアあり。アリアはドラマティックな内容で迫力があり、昨年の秋、発表会で私が歌ったイタリア歌曲を、低めの調で、少し違うアレンジ(なのか、こういう譜面も残っているのか分からないけど)で歌われた。素晴らしかった。
ソプラノの方も十分キャリアがおありのようだったけど、先生の方が気迫、というか、声に意志がしっかりとあり、また響かせるテクニックもあり、素敵だった。仕事が落ち着いて気持ちに余裕ができたら、またぜひ教えを請いたい、と思った。稽古ではこのところいい意味でお気楽に歌えるようになったけど、本番はそれだけでは歌えないし、技術はまだまだ私は足りないし。音のぶら下がりが少なくなった分、上の音域はもう少しめざしたいところ。
そして、11月上旬の火曜日、子どもの中学校の音楽会。有給はないけど休みを取った。生徒と保護者、全員が客席に入れるホール、ということで、すぐそばの文化小劇場ではなく、近郊の市の文化センターが会場。車で40分ほど。昨年は行けなかったので、楽しみに。
クラスでそれぞれの自由曲を歌い、競うらしい。それから学年ごとに総合唱があり。子どもら2年生の学年合唱は、壮大な歌詞だけど、爽やかな曲。9月頃、gardenさんにこれを歌うみたい、とメールしたら、なるほど、中学生には人気のある合唱曲だった、と返信が来たっけ。
2年生の部開始の11時より少し早めに会場付近に着いたので、銀行の用を済ませ、ショッピングモールを散策。しかし、自分が思っていたよりも小規模で、時間が潰せなかった。お昼を食べる飲食店も心そそられるところはなし。
広い駐車場も、結構父兄の車でふさがっていた。遠めの場所に停めて、会場2階席へ。1年生の全体合唱を聴いた。がなっていて、音楽的ではない。何だかこんな風にしか聴けない保護者は、ある意味空しい。にこにこして、元気な合唱でよかった、と言える親の方がいいかも。
子どものクラスの曲は、PCでデモ演奏を聴いたが、何だか変わった合唱曲だ。出だし爽やかだけど途中何だか泥臭い歌詞と雰囲気になり、また爽やかになり、最後は妙な余韻で終わる。何でこの曲をみんなが選んだか分からない、と子どもも言っていたが、ソプラノのパートリーダーになり、(合唱部ではアルトだから、旋律が歌いたかったらしい)練習に練習を重ねてきた、ようだった。
曲紹介のMCも、指揮も伴奏も生徒。出だしから、聴いて絶句。もとより、ソプラノのメンバーは声が小さくて自分ばかり目立つ、とよくこぼしていたが、反響版があるのに声が全然響いてこない。細々としている。それならばもう目立とうが思い切って声を出せばいいのに、子どもの声も弱々しく、それでまた周囲の子がますます不安定になる、という悪循環だった。アルトは結構いい声で歌っていたけど、音程がだらっと低く、真面目に歌っていなくてひどい、と子どもが言っていた男子パートが、大きくはないけどまとまった声を出していた。
という訳で、他のクラスよりも明らかに出来が悪かった。そしてもっとアクシデントがあったのが全体合唱で。前奏から、通常より早めのテンポで振るなあ、と思っていたら、歌が中盤にもっとどんどん走っていってしまって、(下手ソプラノの女子陣。そこに子どもも入っていたのでは?)伴奏も(とてもよく弾ける男の子だったのに)崩壊。そこから何とか持ち直したが。大勢だし、声が響き過ぎると往々にして伴奏とずれることがあり。私らも以前、音楽スタジオでやった発表会のリハで、冒頭の勢いのある曲が、録音を聴いて唖然とするほど、私を含め声のデカい数名が、そうなっていた。
午後の部まで、車中で買ってきたサンドイッチと自販機の缶コーヒーで食事。外の風はやや冷たいが、車にいると暖かかった。
3年生の部。さすが。元合唱部員の多いクラスは安定しているし、最上級生にもなるとちゃんと頭のいい、上品な歌い方をしている。曲想もちゃんと掴んでいるし、拍子だけ取っているような指揮者は少ない。そして全体合唱も、壮大な曲にふさわしく、素晴らしかった。どなたかのブログで、この曲は安定した声の出来上がった大人の声で歌うように作曲されているので、声変わりで不安定な、そして歌う声と体が出来上がっていない中学生が繰り返し歌うと、声を潰すのでいけない、というような書き込みがあったけど。でも、素敵だった。
そして合唱部の演奏。子どもは相変わらず上手一番上で歌っていたが、クラス合唱よりも様子に余裕がなかった。おかしい。35名で歌うより、部員70名ほどで歌う方が、全然プレッシャーがないはずなのに。自意識過剰で、自然に歌えない、歌うことに関して度胸がない、というのはかつての私にも該当するので、厳しく言えないけど。あまり聴きに来ないほうがいいかなあ。
経験と練習を積み重ね、度胸と自信を手に入れてちょうだい、と念じながら、会場を後にした。途中に激安カジュアルショップがあったので、子ども用に秋冬物の黒のワンピースを購入。背がまた伸びてつんつくりんになったので、セーターも買ってやらねば。
それから、ネットで話題になっていた歌姫の声を、ユーチューブで拝聴した。自衛隊で、初めて声楽枠での採用となった、という。ブラスバンドの迫力のある音にも負けず、力強く澄み切った声を響かせていて、感動した。クラシックも歌うし、ジャズも歌う。若いのに凄いなあ。ちょうどこの頃、ピアニストNさんの紹介で、うたざに顔を出してくれた女の子も、同じ年頃だった。彼女も声楽科卒なのに、芝居に出たり、パフォーマーとして活躍していたり、感性の豊かな感じの子だった。残念ながら来年の本公演には出ていただけなくなってしまったが。自分は25・6才の頃、何してたっけ、スケールが違うなあ、と感心した次第でした。



sarah-e | 観た・聴いた・読んだ | 22:22 | comments(0) | - |
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 座うたざ代表が客演している劇団の公演を、観に行った。
ペアで購入するととちょとお得なので、無理やりYちゃんにぎりぎり連絡を取り、この間お世話になったKくん扱いで代表が算段してくれたらしい。
金曜日の夜なので、仕事が終わってから時間を潰そうかと思ったが、19時半からなので、いったん自宅に戻り、車で向かうことにした。Yちゃんと揃って入場しなくてはいけないようなので、駐車場に止めて、会場で待ち合わせ。私の方が遅かった。
ここの劇団は、3月にお世話になったSさん主催。脚本家&演出の方が別にいらっしゃる。代表が笑えますよ、と言っていた通り、とても楽しく見させていただいた。最近全然芝居を観る気がしなくて、というかお金を遣うなら芝居より音楽を聴きにいきたいので、演劇関係方面には不義理を続けているけど。
ぎぶにゃんが意外なところで声の出演をしていて、私は全然気が付かなかったが、耳のいいまあ〜氏はすぐわかったらしい。代表もまた歌を歌うシーンがあって、これは前回はちょっと感動したけど、今回は狙いが分かっても少しこそばゆい感じがした。Kくんは安定感がある。達者。
本公演で客演して下さったYくん、という方が、軽快な芝居をしていた。この間の役はちょとダーティーだったので、意外だった。この方も自分の劇団を持っていて、はあ器用なんだなあ、と思った。このYくんと代表が、あのヒーロー物の悪玉役の扮装でキーキー言っていたのが、とても可笑しかった。まあ〜氏や私やサヨコには子どもの頃まさにリアルタイムで視ていたので、あれは着て、やってみたくなるよね、とのちに話していた。
ストーリーは、前回のようにいろいろコミカルな混乱が起きながらも、最後は心がほっこりする結末に向かって行く。失礼な申し上げ方だけど、いい本を書く方である。もうちょっと女性の描き方が深いといいけど。主演のSさんは味があっていい。前回ほどインパクトはない役だけど、いい人だけどいい人過ぎない匙加減が、好感が持てる。これはSさんの役作りだとすれば、緻密に賢く客観的に演技の計算ができる方であるなあ、と。題名の由来のような台詞が出てきたけど、もうちょっとそれには説得力があった方がいいかなあ。こまこましたことには記憶力のいい私が、もう忘れている。
うたざのYくんは2回観たそうな。リピーターが多いのは、毎回期待を裏切らない、いい作品を発表していらしたからだろう。そして、団体にはその団体のカラーがはっきり出ているのが必要で、以前gardenさんが指摘していたように、私らのカラーとは、何なんだろう。まあ、多分この間の本公演のような色がこれからの座うたざの色になっていくんだろうなあ。芝居と歌、どちらかといえば、自分は音楽のウエイトが高いほうが燃えるんだけど。
いつも一人で何かを観に行くのに抵抗がないけれど、このところ終わってから感想を言い合える人がいないのが寂しい。

友人のご両親が避暑で自宅を空けているので、定期的に家に風を通しに行くのに同行して、南の区へカフェ巡り&ショッピングをした。一日目にお昼を食べたのは、区のはずれで、車でないといけないイタリアンのお店。なのに雰囲気がいいので、とても人気。予約ができないので、かなり待って入れた。パン、パスタ、サラダ、ドリンク、デザートが付いて、お得で美味しい。人気なのがよく分かった。
それからショッピングモールでお買い物。こんなに暑いのに、もう秋物一色で、友人は透かしのニット、私は早まってニットのはおりものを購入。それから、職場の人に配るプレゼントを。(なぜかは、のち程書きます)夫人方にはお茶専門店の秋のお茶、チームの男性には入浴セット。お菓子じゃないですよ、と配る時言わなければ。有名だというバームクーヘンを課の人数分購入しようとしたけど、日持ちが微妙なので、この日は止めた。31種類のアイスのお店が、割引キャンペーンをしていたのでダブルで注文したが、溶けてしまって食べにくかった。しかし、あのシュワシュワしたのは、どうしてたまに無性に食べたくなるのだろう。そうそう、あの梨味のは、近くのコンビニで発見したので5本購入し、大事に食べた。
そうこうしているうちに大雨が降ってしまい、(ああ、また雨女の威力が)慌てて窓を閉めに行ったが、時すでに遅し。畳の部屋とフローリングのお部屋が悲惨なことになっていた。友人と拭いたが、風を通しにいったつもりが湿気が籠ってカビでも生えたらどうしよう。
結局、お芝居を観に行った翌日の土曜日、再度友人と様子を確認しに行った。幸いその週はいい天気が続いたので、部屋もからっとしていた。再度窓を開けて、この日はショッピングモールに絞る。その付近のカフェでお昼。私はハワイ風マグロ丼、友人は洋風カレー。隣の席で熟年のご夫婦が仲良くランチしているのを見て、羨ましいねえ、と友人と言う。どうしてこういう風になれる人と一緒にならなかったのか、と思う。
そして、友人は先回気になっていたスカートを買い、私も秋のスカートを購入。カーキ色。またまあ〜夫人に、本当に緑が好きですねえ、と呆れられるだろう。そして、バームクーヘンを25個購入した。翌日のパンを買ったが、友人がクーポンを収集しているというので、それに微力ながら貢献させていただくことに。義妹もこの銘柄の食パンがもちもちして好きだといっていたが、私は別メーカーの余分なものは入れない、の方が好き。
帰路の途中の住宅街に素朴な雰囲気のカフェがあるというので、そこでお茶・ケーキ。まだアイスティー。いつになったら秋らしくなるのやら。お店の都合であまり長居できなかったので、早々に帰宅して、稽古に出かけるまでのんびりしたのでした。
sarah-e | 観た・聴いた・読んだ | 20:03 | comments(0) | - |
もう一つのコンクール
 子どもの合唱部が、今年は区の連合音楽会に出る、というので、3連休前の金曜日、仕事を早退して聴きに行った。ここの会場に来るのは、子どもが音楽部だった小学校5年生以来だ。
軽く昼を食べて、地下鉄で向かう。9月ももう半ばだというのに、暑い。駅の周辺図を頼りに、とことこ歩いてたどり着く。
午後からのプログラムは、最初は子どもの小学校の演奏。子どもの中学校の合唱部は一番ラストだ。NHKで銀賞だったから?関係ないか。
以前聴いた時も思ったが、小学生で金管楽器は、かなり厳しい。私も小学校の時トランペットで挫折したから分かるけど。まずマウスペットを鳴らすことから始めて、楽器の音を出し、しかもそれで正確な音程を出すのには、とても練習時間がかかることだ。リコーダーも、大きいサイズのものは、小学生の身の丈に合っていないと思う。余談だけど、この間、テレビでブラスバンドの強い高校のドキュメンタリー番組をやっていた。一つの学校は、マーチングバンドなので、演奏プラス隊列の練習が凄い。まず、演奏では、だめな楽器のパートが、次々に個別練習を強いられる。隊列では、少しでも乱れると、指摘される。
もう一つの南の女子高校も凄い。各楽器のソロパートのある曲で、オーボエの女の子が苦しんでいた。ピアノのようにおいそれと教えてくれる先生がいないので、こういう楽器は自己練習でここまで演奏できるようになっているんだろう。技術は確かだけど、情緒がない、もっと色っぽい音色を出してほしい、と顧問の先生に言われていた。そういうのは、経験と年齢を重ねないと難しいことだろうなあ、と。本番でも、どうやら納得がいかない演奏だったような表情をしていた。可能性はこれからだよ。
プログラム中間の、隣の学区の小学校の演奏は、とてもよかった。ジブリのメドレー。パーカッションの子達が曲の間でいろいろな楽器に持ち替えて演奏しているのが、器用だった。こういう音楽の素養のある子が、来年合唱部に入ってくるかもしれないから、のほほんとしていると、子どもよ、選抜メンバーの座を奪われるよ。
ラストの前は、以前あの作曲家の5重唱をやって仰天させられた隣の中学。この間のコンクールの課題曲を1・2・3年の大所帯で。アルトが太くて低い。(と、子どもの学校の顧問の先生もおっしゃっていたそうな。)透明感が声になくて、その学校の合唱部の演奏、というのは代々引き継がれていくものではないのだなあ、と感じた。
そして、子どもら。今回は1・2年だけで臨む。でもざっと70名ほどいる。凝った曲でなく、シンプルできれいな曲を。でも、こういうのをきっちりハモるのが基本だと思う。子どもはついに上手壇上一番上、が定位置になった。声がばかデカイからか。
最後はそのままの位置で、全員合唱。顧問の先生がこちらを向いて指揮する。知っている歌なのでフルヴォイスで歌おうと思ったが、子どもが恥ずかしがるといけないので、止めた。
子どもらは、そのまま学校に戻って明日の練習があるというので、一人でまた地下鉄に乗って帰宅した。
翌土曜日は、CBC子ども音楽コンクール、というのに出場する。ネットで昨年の演奏の模様を聴いてみたら、重唱部門、というのがあった。文字通り、一人1パートを、3人~4人で歌う。代表とぎぶにゃんの出身の市は、合唱のレベルの高い学校が多いので有名だけど、そこのある中学校の重唱に仰天した。アイドルのように、同じ中学校でチームA、チームBと分かれて出場しているのも凄い。うまい。完成度が中学生とは思えない。それぞれの声がよいし、おじゃみうた、という素朴な歌をきれいなハーモニーで歌っていた。私らはこの子らがすんなりとやってしまうことに、なぜあんなに苦労しているのだろう、と感じた。
ともあれ、当日は夕方の本番だったので、お昼を食べて、少ししたら電車で出かけるようだった。しかし、子どもが食べながら、昨日最後の音のピッチが合っていない、と先生に注意された、とのうのうと言ったので、そんならなぜ練習しないのか、ということからちょっとした喧嘩になった。そこは声にボリュームが要るので、子どもは大いに宛てにされている部分だそうなのである。そんなら尚更出来なきゃダメじゃない、と二階で音確認と練習をしていたら、友人と待ち合わせの時間を過ぎてしまった。次の電車でも間に合うので、ぽつぽつ雨が降り出した中、駅まで子どもを送った。と、心配した顧問の先生から電話があった。迷惑なことである。練習したからといって、本番でそうそうはうまくいかないかも。でも、できないことを放っておくのが嫌だし、音程では自分も苦労しているので、あの重唱の子達のようには歌えなくても、やるからには精進できるようやってほしいと。
しかし、子どもがどのくらいの思い入れで歌っているのかは、よく分からないのだ。このままずっと続けていくとは限らないし。
ともあれ、私も本番を聴くために、テレビ局の中にあるホールへ向かう。客席がかなり急である。
このコンクールは、審査員も(ひとりは声楽の先生の合唱団の指導の、ソプラノの先生だった。)その場にいるけど、録音審査なのだった。入場し、一部分練習で歌ってからブザーが鳴り、録音中、のサインが出る。この間のコンクールとはまた違った緊張感だ。
子どもの学校の一つ前の中学の女声合唱が、うまかった。28名であれだけ声が響いていて、物語性のある曲を歌った。内容は暗かったけど、迫力と心情が伝わった。そして、子どもらの学校。この間のコンクールの自由曲を、3年生の有志と、1・2年で歌う。80名いるから、整列するにも時間がかかる。そして順序どおり、1フレーズ歌って、録音。
ううむ。この間のコンクールの時の2倍以上いるのに、声量が変わらない。もっと出るはずなのになあ。可もなく不可もなくな感じ。最後の学校は対照的で、10数名。で私がハマったあの合唱曲を歌った。聴けてうれしかったけど、人数が少ないのでアラが目立つ。そして緊張している。でも子どもらもあの人数で歌え、と言われたら相当なプレッシャーで、歌えまい。
審査結果は連休明け、HPで発表されるそうな。スポンサーが地元のお菓子メーカーなので、スナック菓子をたくさんお土産にもらって、帰って来た。遅れた理由を言って顧問の先生に謝ると、本当だと思われたか言い訳だと思われたか、そりゃ大変でしたねえ、とおっしゃったとか。子どもの友人は、そんなに厳しいこと言って、あんたのお母さんは歌えるの、と私は非難されたようだった。私よりはちゃんと歌えるよ、とフォローしてくれたらしいが。まあ、うっとうしいよねえ、そういう親。自分の懸命さを人に強要していはいけない。歌もできるに越したことはないけど、何はともあれ、今は勉強が大事だからなあ。
そして子どもらは、今度は来年の2月にある別の区の事業に参加する曲と、3月の単独コンサートに向けて音取りを始めたらしい。子どもに習い事をさせたり、ステージママになったりする気持ちがここのところ、ちょと理解できたような気がする。自分ができなかったことを子どもにさせて、自分がやっているような感覚に陥るのだ。毎日2時間も練習ができ、発表の場があるのは羨ましいことだ。まあ、頑張って下され。
sarah-e | 観た・聴いた・読んだ | 20:15 | comments(0) | - |
ごうごうごうのいま!
 8月1日、通称Nコン、合唱コンクールの地区予選が行われた。
この日は水曜日で、Y夫人がお休みの日なので、通常は絶対終日職場にいる曜日なのだけど、社員のIさんがどうぞ聴きに行ってあげてください、と言って下さったので、2時で早退して、駆けつけることにした。
会場は、以前は市の管理施設であったのが、ネーミングライツ、というそうだが、企業が運営に出資し、その名称がホールの名前になった場所。つい2ヶ月前に、学校法人から企業の名前に変更になった様子。なので、子どもの合唱部のプリントを見ても、ピンと来なかった。でも、馴染みのあそこだった。
子どもの中学校はこの日、夏休み全校出校日。コンクール出演メンバーは、その後学校で練習し、昼食を摂って会場に一般交通機関で移動。メンバー以外はいったん帰宅して昼食を食べてから駅に集合して移動のよう。演奏順は22校中の17番目、午後2時40分頃の予定。
私は仕事をせっせとこなし、2時ちょい過ぎに職場を出た。ちょっと小走りで地下鉄へ。乗ってしまうと早いし、最寄りの駅から会場のホールまで直結しているので、何とか間に合うと踏んで。ロビーでプログラムをもらい、まだ他の学校の演奏中なので、終わるまで入口にいると、下手入口に子どもらの中学の制服が見えた。声をかけるのははばかられたので、頑張れ、と心の中で呟いて、客席へ。
16番目の演奏から聴くことができた。真ん中の通路前の席が審査員席で、譜面台に譜面がそれぞれ置かれている。そして、下手の入り口から、子どもらがぞろぞろとステージへ上がってくる。子どもは、アルトだから上手壇上の2番めに立っている。メッセージのアナウンスが入る。部員88名の思いを込めて歌います、と。しかし、前にも書いたが、ここに上がって歌うのは、35名である。今回は子どもの学校は、課題曲、自由曲、メンバー入れ替えなしとのこと。
そして、ちょっとびっくりしたのは、演奏前に発声練習の時間があること。どこでも好きな4小節ほどを歌う。子どもらは、1番のサビ前を歌ってから、改めて指揮の先生とピアノの3年生がお辞儀して、始まった。課題曲はハミングから始まって、ハミングで終わる。旋律は結構アルトやメゾが担当することが多く、ソプラノの合いの手がきれいに入ってくる。女声だけど、声量や響きは結構ダイナミック。そして、最後の方のハンドクラップまたはフィンガースナップの入る部分。(譜面には入れてもいいし入れなくてもよいと書いてあった)これは指揮の先生の意図だったそうだけど、テンポが少しアップして、元気な感じになる。手拍子はややわらわらしてしまったが、手拍子をしながらでも、歌は乱れない。盛り上がって、静かにハミングで終わる。
自由曲は、子どもの音取りの練習に付き合ったアルトパートと、ネットの電子ピアノのデモ演奏からでしかイメージができなかったので、3部合唱で聴くと、おお、こんな感じになるのね、と新鮮な感動。
これはもっと声量が出て伸びやかに歌っていた。後で他の学校の先生から講評があったように、神秘的で、きれいだった。この間中毒になった合唱曲には、ごうごうと地球は回り続け、という歌詞があったが、この自由曲のごうごう、は落ち続ける滝の音。最後のいま、の音はかなり長く、しかもff。カンニングブレスできれいに伸ばす練習を何度もした、と子どもは言っていたが。
はあ、こういうピュアな声の演奏は、この年齢の女の子にしかできないだろうなあ、という感慨も。
そして、どんどん次の中学校の演奏が始まる。ここから先はどの学校もとてもレベルが高く、男子部員が少ない、あるいはいない学校が多い中、自由曲の入れ替えで男子メンバーを増やし、混声4部を披露した学校や、このところよく稽古でお借りしている、あのサロンの持ち主の声楽の先生が指導・指揮をしている学校が登場したり。そこは、とても大人っぽい深い声で歌っていて、凄かった。伴奏も、生徒さんではなく大人の伴奏者の学校も多かった。
ので、子どもらの演奏は素敵だったけど、午前中の学校もこのレベルなら、目標にしていた銅賞(地区予選では、上位3校が金賞、その下4校が銀賞、そのまた下4校が銅賞で、去年は残念ながら入賞できなたったそうで)も難しいだろうなあ、と。
審査の発表まで1時間ほどあり、帰ろうかな、と思ったが、まあせっかくなので結果を聞いていこうと。歩いて駅の近くでぶらぶらと時間を潰す。この日も猛暑で、夕方だというのにまだ日差しが強い。
戻って予定の時刻になっても、審査が難航していますのでいましばらくお待ち下さい、のアナウンスが。ようよう5時過ぎになって、審査員の先生の総評があり、発表が始まる。審査の基準は何だろう。もちろん技術的にうまいことは当たり前だが、課題曲の譜面には伴奏の細かい指示などが書かれているので、それをちゃんと表現しているかとか、今回のコンクールのテーマは「ひかり」だそうなので、それにふさわしい自由曲を選んでいるかとか?規定違反の学校がありました、という発表もあったので、それは演奏時間が規定を超えてしまったのか、あるいは人数が多かったのだろうか、とか考える。(いやいや、人数は分かりやす過ぎるので、ないか。。。)
銅賞に、子どもらの学校の名前が読み上げられなかったので、ああ、駄目だったか、と思ったら、銀賞の最後の方で、名前が呼ばれた。隣りの、似た名前の合唱のうまい中学かと思ったが。本人達も信じられなかったのか、黄色い歓声が今一つ飛んでいなかった。しかし、じわじわと喜びは湧いていたようで、3年生の部長さんは泣いていたようだし、アルトの実力者、子どもの慕っているK先輩は、いい結果が出せてよかった、助けてくれてありがとね、と言っていたとのこと。いやいや、多分子どもはあまり戦力になっていないだろうけど。
あとは表彰式だけど、私はああよかった、と嬉しい気持ちでホールを後にした。金賞ではないので、残念ながら県大会には進めなかったが、創部4年目にして初めての入賞。そして、8月下旬の合同演奏会を最後に、3年生は引退してしまうので、9月の区連合音楽会からは、子どもらが中心になって歌っていかなくてはならないのだなあ。きっと今日のような立派な演奏はできないだろうけど、それも聴きに行きたいものだ。
家で子どもの帰りを待ったが、一向に戻って来ない。この週から、塾の夏期講習が始まっているので。遅刻する旨は伝えてあるようだったが。ようよう7時前に帰ってきたので、まずはおめでとう、を言って、2時限目に間に合うように慌ただしく着替えさせて、歓喜に浸る間もなく、塾まで子どもを送り届けたのでした。


sarah-e | 観た・聴いた・読んだ | 23:07 | comments(0) | - |
たなばた
 7月に入って、年に1度の健康診断があった。
いつものクリニックへ行く。いつも通り受け、ついこの間結果が送付されたが、何だか今回は見慣れない診断結果があった。
血圧の下が妙に低い。許容範囲だと言われたけど。それから、左の視力が急に落ちた。使い捨てコンタクトレンズの銘柄を変えたからなのだろうか。やおら夜遅くまで本を読んだりPCやったりしているからか。子どもと一緒に、夏休みはまた眼科へ行かなくては。
心電図では、反時計回り、という記載が。これも調べてみたら、個性なので、異常ではないとのことだったけど。息を吐きすぎる人に多いそうで。ため息ばかりついている訳でもあるまいに。でも、体重は増えている。これから夏太り(水太り)する季節なので、注意しなきゃあ。
そして、7月7日の土曜日。昼・夜といろいろな舞台を観に出かけた。
まずは午後、尊敬するあの方の団体の、以前東京で観損ねたオペラが、北の方の郊外のホールにやって来る、というので。自宅から比較的近いうりこ嬢も誘って、ペア券を購入。今日の主催のNPO法人はおやこ劇場が前身で、以前劇団にいた頃、自分らも公演したなあ、と。
たなばたの日は梅雨時のどんよりした曇りの天気が多くて、織姫と彦星はなかなか会えないのでは、と毎年思っていたけど、今年はとても好天気。梅雨明けを感じさせる日差し。余裕を持って出発するつもりが、子どもがだらだらしていたのでつい文句を言っていたら遅くなった。会場近くのショッピングモールをぶらぶらする予定だったのに。そしてともかくも急いで、会館近くで何か差し入れでも、と考えたけど、駐車場に滑り込んでコンビニを探したが、周囲には何もなし。手ぶらでご挨拶、になりそうだった。
しばらくして、うりこ嬢も到着。係の方が整理していたが、駐車場はみるみる満車。受付でチケットの代金を払い、中へ。どの辺で観よう、と前のシートへ行ったら、声を掛けられた。N夫人だ。あの方の団体の公演には必ず夫妻で観にいらっしゃっているが、この日はお一人なので、あれ、どうして?と尋ねたら、夫君は私が夜観に行く予定のに出演されているのだった。愚問でした。
初演をご覧になった、というN夫人に、どんなオペラなんですか、と訊くと、手拍子だけであんなに歌えるのは素晴らしい、とおっしゃっていた。楽しみ。それから子どもの合唱コンクールに向けて、一般的な合唱の評価ってどんななのでしょう、と合唱談義になる。独特の世界で、こうでなくちゃならん、という定義も大きいからね、とN夫人。私は、どうしても合唱特有の表情が気になって仕方がない。やっぱりああいう顔をしなければきれいな声や響きが出ない、という教育は間違っていると思うけどなあ。
と、まあ〜夫人とピアニストNさんが到着。最寄りの駅から歩いて来たそうな。結構距離があったらしい。うりこ嬢にNさんを紹介。
そうこうしているうちに、すごぶる音のいいミニピアノを手に、前説の女優さんが登場。始まった。働け、働け、のソングはとても軽快で、うきうきした。あの方は風格ある、しかし穏やかな王様の役で、朗々と声が響いていた。そして、おきゃくさま兄妹が、魅力的であった。妹役の声は、ますます磨きがかかった感じがあった。そして、踊りも見事だった。王女様役は、2月の本公演の、不気味な老女の方とは思えないピュアな高音を披露していた。
メルヘンで、どちらかというと小さい人向けの作品だと想像していたが、結構哲学的な部分もあり。それにお約束のユーモラスな部分がほとんどないので、一般向けで、もっとこじんまりとした雰囲気のある劇場で観たら、また印象が変わっただろうな、と感じた。あの方の台詞で、このお話の舞台が過去であるのか、それとも未来であるのか、が投げかけられた所など、特に。
あの方とおきゃくさま妹のシーンは、個人的なシュミでは、もっとプラトニックであってほしかったけど。そして、ラストの、N夫人が言っていた、手拍子とソング。とてもミステリアスだけど、楽しく、不思議なリズム。おきゃくさま兄の台詞の、自分たちは歌ったり踊ったりするためにこの世に生きていると思う、というのは、そのままこの役の演者である井村さん自身のメッセージのようにも感じた。
終演後、お客さんを送り出しているあの方にご挨拶。この後、あの方のレッスン&飲み会がうたざであるのだが、この日は残念ながらパス。
一旦帰宅すると、相変わらず子どもは何もしないでだらだらしているので、また叱咤。どうしてこうも怠け者なのだろう。夜は近隣の劇団の、あの作曲家を偲ぶコンサート。客席や駐車場が少ないので早く出かけたかったのに、また結局ぎりぎりになった。案の定駐車場がなく、裏手にある劇団の倉庫前にとめる。ずいぶん昔、この劇団と合同公演をした時、この倉庫で作り物をしたり、小道具や衣装をお借りした際に中に入ったなあ、と。
受付にいる顔見知りの方に挨拶し、客席後ろ側に滑り込む。ほぼ毎年、この時期に作曲家を囲んだコンサートがあったのだが、今まで聴かせていただく機会がなかった。今回は追悼の意味も込めて、ここの劇団員だけでなく、作曲家に所縁のある方、団体も参加。Nさんや、元代表も出演。キヨシの所属する合唱団も、あの作品の東京公演の曲を何曲か。
出演者のそういう思いは伝わったが、一つの作品としては弱い感じがした。でも、ソングの数々は楽しませていただいた。感性や表情が豊かだし、あの雀のソングのような早いパッセージの曲は役者さんはお得意である。日々舞台に立っている演者らしく、教室のような空間に坐っているだけでも緊張感があり美しい。
逆に、合唱団の方々は、初演で大きい舞台で観たときはとても素敵だったのに、真近で拝見すると隙がある感じで、改めて近い場所で見られる、ということに対する恐怖を味わった。ついこの間も、そして今度の8月も、とても聴いて下さる方と近い距離感で、歌わなければならないので。うう、怖い。
元代表は、ソロを披露して下さるのではないか、と期待したが、あまり稽古に参加できなかったようで、アンサンブルで参加。以前のように大勢で歌っていても、声が卓越して通ってきたり、主張してきたりすることはなかったが、ちゃんと彼女が入ると安定するし、音楽を支えている感があって、真摯に歌われている様子に、心が動いた。
所々で、スライドに作曲家の明るい笑顔が登場。また、自作自演の音源も流され、関わってきた役者さん方の、彼に対する思いが綴られていく。
最後の曲は、合唱団の方と劇団員のコラボ。声は大きくないけどきっちり音程が取れている合唱の方、勢いと声量のある劇団員の方、半々づつでもちゃんと成立し、お互いの長所がちゃんと生きていい演奏になるんだなあ、と感じた。
終わって、キヨシに挨拶。意外に早く終演したので、飲み会間に合うんじゃないですか、今後の本公演のレパートリーについて尊敬するあの方と飲みながら相談するから参加した方がいいんじゃないですか、とキヨシに言われて、じゃあ行こうかな、と。元代表はお元気そうで、最近あまり歌ってなくて、とおっしゃっていた。でも、ぜひまた歌を聴かせていただきたい、と思う。
またまた一旦帰宅して、子どもの様子を見て、飲み会行こうかな、と考えていたのに、やはりまだ子どもはやるべきことを完結していなくて、がっかりして、結局行かず。子どもがまっとうな、勤勉な大人になれますように、と短冊に書いて笹に吊るしたくなる、七夕の夜でした。
sarah-e | 観た・聴いた・読んだ | 21:21 | comments(0) | - |
君と食むマカデミアナッツチョコレート
 2月11日の土曜日、尊敬するあの方のオペラを観に、東京へ行った。
今回は初の新幹線での東京行き、なので、田舎者&超方向音痴の私は、よく東京へひょいひょい観劇に行く、gardenさんに無理やり連れていってもらうことにした。時間の段取りからチケットの手配まですっかりお任せで、本当に申し訳ないことだった。
当日はJRの在来線から、そのまま新幹線ホームまで移動。結構列車が遅れてのぞみ出発の10時まで余裕なく到着。しかし、無事乗り込み、座席に着いて、品川へ向かう。
今回の作品は、私にとって思い入れのあるものだ。もう6〜7年前になるか、(ちょうど子どもが小学校に上がる春だった)大オペラ運動会、と銘打ったうたざの発表会で、これも無理やりこのオペラの抜粋をやらせていただいた。相手役だったはずの、代表の友達OGくんにドタキャンされ、急遽お願いした某職業劇団のYさんが素敵だったから、何とかやれたものの。でも、この役と心情はとても好きだった。
思い入れはもう一つあって、これは、もっと以前劇団にいた頃、この作品に出てくる狂気の老女を主人公にした、一人芝居をアトリエで演じたことがあるから。最後にヒロインの手紙を切々と読むのだけど、その巻物の手紙を美しい手蹟で書いてくれたのがサヨコで、今でも大事な小道具としてとってある。これ、もし機会があれば、再演できたらいいなあ。あの時若過ぎて出来てなかったことが、今なら表現できそう。
その時に原作を読んだのだが、何せ15年以上前の話なので、細かいところで記憶が曖昧。今回に併せて読破したgardenさんと話していたら、意見が食い違う部分もあった。まあ、観たらすっきり解決するでしょう、と。
時間通りに品川に到着。山手線に乗り換え、渋谷へ。一瞬駅の外に出たが、いつ来てもすごい人の量。慣れたら暮らせるかもしれないけど、自分は今住む市ぐらいの都会加減でちょうどいい。大人になったら東京に出る、と子どもはよく言っているが、あのマイペースな子は、このめまぐるしい世界で生きていけるのだろうか、と思う。
そして予定通りに、劇場に到着。そこの地下の、よく行く中華料理店ではなく、イタリアンの方へ入ってパスタとケーキを食べる。大盛りにしたので、満腹。
開演少し前に、客席へ。前から3列目、めちゃくちゃいい席ではないか。原作通り、歌留多会の華やかなシーンから始まる。すぐそばにあの方や、他の役者さんも立っていて、歌う時の息遣いまでよく見て取れる。
そして、あの有名なシーンがあり、すっかり心すさんだあの方の役の前に、艶っぽい山本伸子さんが
現れ、あのシーンが。彼女は、昨年の3月に観たケルビーノ役の時も思ったけど、声も落ち着きがありながら艶っぽく、素敵だった。つきまとっても、好きでも、相手に振り向いてもらえないのは虚しくないか、とgardenさんはしきりに言っていたが、そんなことはない。彼女は、自分の気持ちに正直なまままっとうできたから思いを遂げられなくても幸せなのだ、と思った。
辛いのは、ヒロインで、源氏物語の柏木のように後悔と自責の念で、死に至るほどの重い病にかかってしまう。どうしてあの方の役を選ばなかったか、と思う。でも、原作の解説にもあったかもしれなかったけど、貫一を選べば、幸せな日々を送るだろうけど、多分、彼女のように自分の容貌に価値があると分っている人は、平穏な平凡な毎日に吐息をついたりもし、それはそれで後悔するのかも、と考えた。
そして、もうお一人、見事だと感じたのは、老婆を演じた小柄な方。高い声で頼みます、と歌い出しはどこか無邪気だったのに、だんだん不気味にぞっとするようになっていくのが、凄い。後でまあ〜氏やうりこ嬢に訊いたところによると、初演では、あの伝説の看板女性歌い手が、あれとこれ、二役演じられたとのこと。
ラストはどう終わるのか興味津々だったけど、やはり手紙で締めくくられた。その長い曲を、登場人物達が割って歌うのは、とても効果的だったように感じた。
終演後、あの方にご挨拶したが、幕間にマッサージを受けられるとかで、お忙しそうだったので、お嬢はあの方に相談したいことが伝えられない様子だった。その後、作曲家とお話しさせていただいて、劇場を後にした。
そして、帰りの新幹線まで時間があったので、お嬢と、初めてお会いした、お嬢のフィアンセと近くのカフェで感想などを話す。フィアンセ氏は、とても優しそうな、好感の持てる方だった。いいパートナーを見つけたなあ、と心から祝福。あの方の役とその友人の友情があまりにも熱かったので、それを言うと、フィアンセ氏が、何故俺を捨てた、とかいう台詞がありましたよね、と同意してくれたのだった。
用事があるというお二人と別れ、お土産を買うために、渋谷の百貨店にgardenさんに連れていってもらう。折りしもバレンタインデー直前ということもあり、洋菓子売り場はすごい人。それをかきわけて、会社の夫人方へのお菓子と、自分と子どものために好きな鳩サブレーを買う。
そして無事帰りの新幹線へ。小腹が空いた様子のgardenさんが取り出したのは、チョコレート。食べていいよ、と言われたので、遠慮なくぼりぼり頂いてしまった。公演パンフなどを見せてもらいながら考えたのは、オペラではやはり、主要な役どころは必ずソプラノである、ということ。それは、一般的なクラシックの世界のみならず、あの方の団体でもそうだということ。うたざのライブに向けてのソロやら、合唱やらの録音を聴いてみると、自分の声は重く、暗く、太く。持って生まれた声帯は変えられない、とたしなめられたりはしたけれど、でも、少しでも軽く、明るい声とどこまででも高く囀ることのできる、そういう声に、私はなりたい。ないものねだりでしょうけど。
行きと同じく、ホームからホームへ移動して、帰路へ。テスト期間中で、塾から帰ったばかりの子どもと、前日から作っておいたお野菜ごろごろのビーフカレーを一緒に食べたのでした。
sarah-e | 観た・聴いた・読んだ | 21:21 | comments(0) | - |
天真爛漫さ・家族
 日曜日は、午前中、家事にいそしんだ。掃除をしたり、不用品を片付けたり。独身一人暮らしの頃から使用していた石油ストーブを、処分することにした。お湯も沸かせるし、灯油もファンヒーターより食わないから、6畳ぐらいの部屋はこれで充分だったのだけど、もう芯も古くなって、焚くと煤が出るようになった。ので、捨てる。次の粗大ゴミは来月頭なので、申し込みをしなければならない。来るべき時に備えて、身辺をすっきりさせなきゃあ。
なのに、温かい飲み物が恋しくなったので、住まいを移ったら使うように、大切にしまってあった花柄のマグカップを、ついに取り出して使ってしまった。ううむ、こうやってどんどんとっておきのものを出してしまって、新生活が夢で終わってしまうのかなあ、と悲しくなったが、諦めない。
子どもは午後から塾で勉強する、というので、迷っていた、iichan劇団の公演を、観にいくことにした。いい時間に到着。駐車場も空いていたし、席に落ち着いて10分ぐらいで開演した。
病院の4人部屋で繰り広げられる。ベッキーちゃんは大学生の入院患者役。若い看護師役の子が押しが強くて、面白い。芝居は荒削りだが、こういう人、いそうだなあ。代表のI氏とOYさんが夫婦役なのは、以前観たあの作品を彷彿とさせるけど、今回はいがいがした夫婦仲のようで。親子、夫婦、義理の親子、いろいろな家族関係が出てくるけど、ああやって本音をさらけ出し、醜い部分も見せて、ののしったり攻撃したりしながら、それでもいつも間にか許して、繋がって、自然にまた寄り添って生きていくのが、家族なんだなあ、と実感した。OYさんの役のように、憎んだりしていても、気になって甘えたり、でも相手の優しさを感じたりとか。それも出来ないというのは、そもそも家族として成り立っていかなかった人を選んでしまったからではないか、と考えたりした。どっちが悪い、というのではなく、選択ミス・判断ミスだったのではないかと。よく夫婦円満の秘訣、というのを聞くけど、そんなに努力したり、我慢したりしなけりゃ続けていけない、というのは変だとも思う。いやいや、私にそれらがが足りなかったのだろうか。
Mさんが、可愛らしい役どころだった。私は、これからもっと大人になるのだけど、こういう風な大人になりたい、と思う。iichanはその自由奔放なお姑さんに振り回される嫁の役だった。周囲は、大変だよね、きっと。でも、私は傍迷惑でも、こういう風になりたい、やっぱり。最初、姿が見えず、台詞だけで二人のやり取りがあるのだけど、意外にも声のトーンや話し方が不思議と似ていように感じて、自分の耳はもっと明確な聞き分けがしたい、と思っていたようだった。
これはまったくの個人的意見で、生意気を言って申し訳ないけれど、iichanと、Kちゃんは役が逆なのが、多分自然だったのだろうと。でも、配役、というのは、全役ぴったりの役者さんに、ではないから面白い部分もあるのだろうなあと。
ベッキーちゃんと母親役との会話が、痛かった。子どもと離れることは、今の自分には考えられないけど、でももし私一人で生きていくことにしたら、子どもはこんな風に自分のことを思うのか、とか。でも、義務だと言われても、勝手だ、うっとうしい、とか非難されても、それが母親の心情なのだ、と。
それは、主役のGさん演じる母親役が、一番よく伝えていて、お見舞いに久々に現れる息子を待ってうきうきしていたり、生まれてくる孫のために、多分そんなに要らないし、履かないだろうと思われる靴下をせっせと編んだり。黙々と働き、洗濯や、食事の世話をし、看病し、そうやって子どもを育ててきた、どこにでもいるけど、偉大な母親。その温かさに、心が動かされた。こういうのは、実際親になったり、それなりの年齢にならないと、実感できないことなのだった。
うっときて泣けそうになるけど、すぐ可笑しくなる台詞が来る。その間合いがいい感じだった。
この劇団のパンフには、いつもその作品にちなんだ内容の、出演者のつぶやき、が掲載されている。今回は当然、家族、なのだが、秀逸なのは、家族へ、というTくんのだった。何かあったときの連絡先を決めましょう、年に1回は集まりましょう、というのが、独立してなかなか顔を揃えられない、という現代の家族のありようも反映しているようで、感慨深かった。
家に帰って、夕方、子どもの勉強を見たのだけど。桜子がブログで書いているように、私も、子どもに温かい飲み物を淹れてやって、夜、部屋を覗いて、半纏を着てこつこつ勉強している子どもに、頑張っているね、と声をかけ、夜食を差し入れる。。。と優しく励ます自分の姿を想像していた。しかし、現実は。叱咤、叱咤、叱咤の嵐。
試しに理科の問題を出したところ、何にも暗記していない、何も理解していない。この一週間、何をしていたのか、塾で何をしていたのか。まさに一夜漬け状態、一からやり直し。お陰で100グラムの重力の単位がN(ニュートン)とか、重さと質量の違いとか、圧力の公式とか、1気圧が1013hPaとか、私も勉強できましたよ。金属光沢とか、展性、延性、とか普段使わない用語も。
お陰で、大河ドラマの最終回も視られず、韓流ドラマも視られず。頼むから、自分で勉強して、点が取れるようには、なってくれないのでしょうか。歌歌ったり、仕事したり、いろいろなわらじを履いてるけど、人にものを教える、というのは、多分私は一番不適格でしょうから。
高校受験までこんな状態が続いたら。高校に入っても、勉強についていけなかったら。いや、大学でも、社会に出ても。子どもを持つということは、いつまでも気苦労の絶えないことだなあ。


sarah-e | 観た・聴いた・読んだ | 20:44 | comments(0) | - |
歌声のチカラ
 安易なタイトルですが、この日曜日には、本当にそれを感じたので。
日曜日だけど、朝からフル活動。というのは、先週、うたざや自分のライブの伴奏でお世話になったKさんから、メール。いつもやっているのとは違う事務所から、結婚式の聖歌隊の人手が足りないので、入りませんか、と。場所も自分宅から近いし、午前中なら空いていたので、即、引き受けた。が、初めての所で大丈夫か、と不安になり。
早速Kさんから、場所の地図、式の進行と、自分が歌ったことのない賛美歌の譜面が送られて来た。それをぎりぎり日曜日の朝まで2パート音取り。(結局、それは歌わずに済んだのだけど。)
以前、よく稽古させていただいた、バレエ教室のそばに安い駐車場があったので、そこへ向かうと、マンション建設予定地になっていた。めまぐるしく、いろんなことが変わっていく。25分100円で手を打つ。お茶を買って会場のフレンチレストランへ行くと、担当の牧師、M氏と、オルガニストさんと、一緒に歌うKさんの教え子の大学生がすでに到着されていた。
この日は、教会といっても、そのフレンチレストランの2階にある、こじんまりした一室。明治村の、一番素朴な木の教会に近い。なので、列席者の席から、もの凄く近い。目が合いそう。
大学生の子は、あの有名な、今年、全国コンクールまで進んだところの女子校の合唱部出身で、現在も音楽療法の勉強をされているとかで、声楽のクラスも取っているという。声の細い方を想像していたけど、しっかりした声の出る子だったので、自分も慣れた出し方で歌えて、よかった。うたざの話をすると、興味を持ってくれたが、運営費5000円の話をすると、卒業して社会人になってから、という返事だった。
段取りを一通り。M氏が指示を出してくれるので、進行も大丈夫だった。ただ誤算だったのは、リハでやらなかった、指輪交換の時の新婦の手袋。両手を外すのが当たり前、と思っていたが、ここの段取りでは左手だけ。確かに、指輪をはめる手だけでいいはいい。
音合わせ。思えば、親子ほど歳の離れた子と歌うのは、不思議な気分。前述の通り、しっかりした声で、後の2曲は、今まで歌ってきたのと同じパート割りでよかったので、全然助かった。そして、彼女はカソリック系の学校なので、賛美歌はお手のものなのだった。
有名デザイナーのデザインしたレプリカ、という長い制服を着て、定刻通り11時に式が始まった。小さい部屋にぎっしりの列席者。声が吸い取られてしまうので、出すことを意識。ハモりは、だから納得いく出来ではなかったかもしれないけど。自分が新婦に関わっている間、彼女が歌う。気負いなく、素直に歌っていた。なかなか出来るものではない。ううむ、うたざに来てくれればいいのに。
と、何とか無事に済み、親族が退場した後に、主役の新郎新婦が、ありがとうございました、と会釈して来た。いつもながら、お二人の末永いお幸せを願った。
M氏が、また機会があったら、お願いします、と。人員不足の時のヘルプ要員なら、稀にまたお声がかかるかも知れない。
それから、一旦自宅へ戻り、着替えて、昼食を食べて、食べさせて、また1時に家を出て、今度は地下鉄で中心地へ。これまたうたざでお世話にもなり、M八さんの劇団の伴奏でもお馴染みの、OKさん主宰の女声合唱団の、コンサートを聴きに行く。
受付で、チケット代の封筒を預ける。メールでお知らせしていただいた通り、ホールの客席はほぼ満員。一人なので、やや後ろの座席へ入れていただく。第1部は、現代作曲家による、アヴェ・マリアの曲の数々。宗教音楽だけど、作曲家によって、色が違う。去年のクリスマス・メディテーションで聴いた通り、美しいハーモニー。こういう落ち着いた声は、女声ならでは。最後の、日本人の作曲のが、いちばんとっつきやすい、柔らかいメロディーだった。
少し、休憩。その間に、ピアニストさんの演奏。さっきの日本人の作曲家がアメリカに留学中、サティ風の小品を創りなさい、と出された課題のため作曲した子守歌だ、と。不思議に落ち着く曲想。そして、ピアノを移動するスタッフに、OKさんの夫君の姿が。しっかりサポートしているなあ。
2部は、童謡を、面白いアレンジで。衣装も、ドレスとチェンジして、和物っぽく。2曲めに、OKさんのソロパートも。ピアノもあんなに自由に弾けて、しかもこんなに歌もうまく、団長でもある。凄いなあ。うたざの稽古でひどい歌を聞かせているのが、恥ずかしい。
各パート8名づつぐらいなのだけど、合唱とは言っても、部分部分で担っている人が、ちゃんと出てきているような気がした。力強い高い声(多分これはOKさんではないか)、高くて細い声、メゾが旋律の時は、中央の大柄な人二人が落ち着いた声を聴かせ、アルトは低く、ぼーんと出せる人がいたりする。そういうのをいろいろ駆使して、曲の変化を出しているような気が。そして、日本語になると、言葉が明瞭であるということと、ユニゾンがきれいに揃っていること、がまたよかった。当たり前なのだろうけど、本当に当たり前のことが難しい。
3部も、日本の曲。1曲めは、こんにゃく座のピアニストさんとしても有名な方の編曲で。なるほど、弾き手らしい、華やかなアレンジだった。2曲めは、それこそこんにゃく座の作曲家の編曲。優美だったけど、あまりらしくはない。そして、最近よくある、客席の皆さんも一緒に歌いましょう、が2曲。率先して歌うのは、素人っぽいけど、人前で歌うことをすべて修行だと思うことにして。ところが、結構ぱらぱらと皆さん歌っている。ので、ほそほそ小声でなく、まあまあのボリュームで歌えた。(後でOKさんに言うと、もう最近は歌いたいお客さんばかりなのでね、と。)そして、最後の曲は、してやられた。いつか私も歌いたいと思っていたのに、こんなに素敵に歌われては、もう自分は歌えないなあ、と。
そして、4部は、楽しみにしていた、ジャズミサ。ピアノだけでなく、ベースも、ドラムも入る。メンバーの皆さんの衣装も、クールに黒で、何か光り物を、というコンセプトで。ラテン語で歌う、と言うのは、丸暗記するのかなあ、とか、演奏が賑やかで、こういうのは好きでない方もいるだろうけど、私はかっこいい、と感じた。そして、アンコールで、あのアニメ主題歌を、アカペラのスキャットで、振り付きで。可愛らしくて、楽しかった。こういう、十八番のようなのが、うちの団体にもあるといいのになあ。
終わって、ロビーで、OKさんに本当によかったです、と。おこがましくて、入れて下さい、とは言えないけど、どういうお稽古をされているのか、また稽古場見学の虫が騒いだので、いつかお断りを入れて、聴きに行かせていただきたいなあ。
しかし。ここも基本、週1回、2時間半ほどの稽古のようである。で、ここまで出来ている。もちろん、同じメンバーで長く歌っている、というのもある。合唱経験者、音楽の素養のある人もいるからだろうけど。
まあ、でも自分も、歌で何か心を動かせることが出来なくては、もうそろそろいけないなあ。それから、無伴奏の時、指揮者の方が、チャルメラのような、パフパフ(という音の出るやつ。正式名称は知らない)のようなもので、音を提示していたが、あれの正体が知りたい。
外は小雨。余韻をかみしめながら、歩く。いいものを観たり、聴いたりした時は、感想やら意見やらを交換できる相手がいないことが、寂しい。
ハロウィンの仮装をした人達が歩いてるのを横目に、デパ地下でパンを買って、帰路に着いたのでした。


sarah-e | 観た・聴いた・読んだ | 22:20 | comments(0) | - |
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