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ながい、あたたかな一日
さあ、あっという間に発表会本番の日がやってきた。前日の夜は、子どもの塾の送り迎えがあったため、遅刻して稽古に参加した。元・元代表夫妻が指導にいらしていて、最近塗った稽古場の床のワックスのにおいに悩まされながら歌った。アルトが一人足りなくなり、私にお鉢が回ってくるかと思っていたが、Yちゃんが気を利かせて音取りをしてくれていた。これからのうたざを背負っていく者たるや、それぐらいの熱意が必要だよ、とエラソウに上から目線で考え、ソプラノが引き続き歌えることにほっとする。ずるい私。
オープニングのソングは、どう面白く聴いてもらえるか、言葉を分かってもらえるか、で即席に動きをつけることになった。音楽的なことよりビジュアルを採択した感じ。。。
当日朝は早めに会場に入った。今週必死にやったあれを、伴奏を弾きながら歌う。声が起きていない。そうこうしているうちにYくん、Yちゃん、キヨシが集まった。定刻に揃ったのはこれだけで、のんびりしているというか、メンバーが少ないというか。。。急遽創った動きの確認と、ピアニストNくん、BUNZOUさんも来て下さったので、ざっと通す。お昼には元・元代表夫妻が愛嬢とコーヒーメーカーを持って登場。美味しいコーヒーをサービスして下さった。長年お世話になっているピアニストKさんも差し入れを持ってきて下さった。ああ、こんな出来なのにお出で下さって恐れ多い。何か歌で伝えなきゃなあ、と思う。
お昼を食べながら、しかし、この日はこれが終わってもまだ続きがあり。そっちの譜面が未完成なので、ぎりぎりまで書く。
定刻通り本番開始。何せ7人なのであっという間に終わった。自分の番もあっという間に来た。1曲目は今週やってきたことを守りつつ、歌の世界の感情に入り過ぎたのがよかったかどうか。2曲目はやはり、もっとスケール大きく歌いたかった。最近出だしは冷静になったけど最後でコケることが多い。まあ今出来る程度のことはやれたでしょうけど。
終わって、お菓子とコーヒーを飲みながら、お客さんの総評を聞く。若い方からご年配まで、好評だったのはオープニングで、エンディングの合唱はやはりあらが目立ったような。出だしを掛け合いのソロにしたことで中身が分かりやすくなったのと、やはりあの詩人の、言葉の世界観だなあと思う。ずいぶんご高齢だけど、穏やかな日々を暮していらっしゃるのをテレビのドキュメンタリーで拝見したが、ついこの間訃報が。ご冥福をお祈りします。
元・元代表は一人一人に対して駄目だしや感想をおっしゃって下さって、1曲目は響きを重視して発音が甘い部分があったのと、2曲目の自分でも流された地に、と聞こえはせんだろうか、と疑問に思ったこともあったので、血、のニュアンスが必要だったな、と感じた。代表に対する評価は、まさに私がいつも感じていることと同じで、よくぞおっしゃって下さった。。
N夫妻に、12月のコンサートの感想と、合唱の稽古を見学させていただけないか、と申し出た。それから、代表があのコカコーラのソングの譜面を下さい、と交渉していたので、やったあ、歌える、と嬉しくなった。しかし、自分は多分2・3月は稽古を休むことになるので、いつ譜面がもらえるかしらん。
BUNZOUさんとKさんには厳しいことを言われるかと思ったけど、いい年齢で頑張っているのを憐れんでもらえているのか、続けていることが偉いこと、というようなことしか言ってもらえなかった。ある意味、優しいのか。。。
さて、次だ。予想より早く会場を出ることができたので、地下鉄に乗って、馴染みになったライブハウスへ。この日はおさらい会、と称する、2月の新春発表会のリハ、である。いつものメンバーが集まっている。なかなか自分の番が回って来ないので、腹ごしらえをする。季節の先取り、春野菜のペペノンチーノ。美味しい。譜面は一通り書いたけど、間奏からサビに入る前にこう歌いたい、というのがあって、しかしそれを譜面に書き表せないもどかしさ。口頭で説明するしかない。ピアノを弾いてくださるIさんやAKEMIさんに相談すると、曲の寸法は2コーラス繰り返すのと同じなので、特にコードを新たに設定する必要はないのでは、とおっしゃるが。。。
他の方の演奏も聴く。今年一年間のワークショップの課題曲からなので、いろんな曲がある。聴いたことのあるこれは、こんな題名だったのだなあ、と覚えられる。吉田日出子に喋り方が似ているマダムは、クラシックのような雰囲気のある、素敵なアレンジで私が秋に歌った曲を弾いていた。AKEMIさんと知己のKさんに久々に会うことが出来た。自分の曲だけでなく、助演も多くて大変そうだった。
途中で見学の方が私の隣に座って、どこかでお見かけした顔だなあ、と思っていたら、以前ジャズボーカルの先生に習っていた頃、同じ門下生だったYUZUちゃんだった。その当時から彼女は岐阜の方のライブハウスで歌ったり、と活動されていたのだけど。向こうも私を憶えていて、15年振りぐらいだねえ、先生はお元気かなあ、と話し合った。彼女がここに来たのは、以前共演した、ワークショップ主催のベーシストYさんつながりだそうだ。芝居の世界も、音楽の世界も、狭い。
打ち合わせ等も入るので、なかなかすんなりと進まない。ベーシストYさんが多分最後の方になると思いますが時間は大丈夫ですか、と訊きにいらした。YUZUちゃんとも会話を交わす。
そんなこんなで8時半過ぎ、ようよう自分の番が巡って来た。ベースはYさん、ドラムの女性は欠席だったので、当日ぶっつけ本番になる。さっそくピアノを叩いて、こんなメロディーを入れてサビに入りたいのですが、と申し出ると、Yさんはささっとコードを他のメンバーに指示して、おのおのそれを譜面に書き込んでもらう。自分は書けないので、後々になって自分の譜面にはその部分が抜けていることに気が付く。自分は合わせてもらう側なので、自分が判っていればいいのだけど。。。
そうして歌う。1コーラス歌って、間奏。きっかけ通りメロディーを歌うが、2回繰り返さないと寸法が合わないのだった。失敗。やり直して、終了。
最後まで残って聴いていてくれたYUZUちゃんが、そうそう、こういう声で前も歌ってたよね、と言った。彼女は近隣の市のイベントでも歌う機会があるようなので、HPで確認してぜひ今度聴かせてもらうわね、と約束して別れた。
電車に乗って、家に着いたのが10時過ぎ。いやあ、長い一日だった。いろいろ得たものもあり、懐かしい再会もあり、の充実した時間だった。さあ、来月の本番、頑張ろう。


 
sarah-e | 座うたざ | 18:34 | comments(0) | - |
久々の
12月半ばの金・土、久々に尊敬するあの方のレッスンがあった。
1月に行う座内発表会に歌うおのおののソロを観てもらうため。こちらで公演&ワークショップの予定がおありになるのに合わせて。
金曜日は平日のため夜8時前に参加。床に座ると寒い音楽スタジオで。男性陣の集まりがよいので、この日は男性オンリー。そうそう、秋ごろから、以前お嬢が紹介してくれた、YZくんがぼちぼち参加してくれるようになった。のびのびとしたテノール。この日はあの父親の歌を朗々と歌ってくれた。代表の歌うのは、内容の解釈をいろいろなさっていらした。
土曜日は逆にレディースデー。夕方から、いつもの稽古場。私は2曲あるうちの、やっぱりあちらの方を指摘してきた。これはライブハウスでまあ〜氏が歌い、あの方もきっとよく歌っているだろうと思われる。最後がまあ〜氏は熱く歌い、自分はそこまでのボリュームは出ないので、どうしたらしょぼくならないか、を模索していたけれど、それならキーを上げてもっと声を出すしかないようだ、と。それも根本的な解決にはならないような気がするので、今のキーでどうするかを探るしかないなあ。
サヨコが迷いながら最終的に選んだのは、ワークショップで課題となっていた、あのオペラの中のソング。萩京子さんらしい優しい世界観と、情景が浮かんでくる暖かいメロディで、柄じゃないけどいつか歌いたいと思っていた曲。サヨコが歌うのを聴くと、でも彼女のような声質で歌った方がしっくりくるのかなあ、とも感じる。
稽古後ちょと早いけど、忘年会を兼ねた飲み会。ぎぶにゃんからおめでたい報告があるらしい、とは小耳に挟んでいたけど、何とキヨシ、お前もか、という感じ。みんなそういうお年頃なのね。どうぞお幸せに。ううむ、2014年春は自分も周囲も、生活の変化がある人が多そうだなあ。自分の状況。うたざのメンバーの状況。それ相応にみんな順当に年齢を重ね、そういった中でどう活動できるか、していくか、が今後の課題だろうなあ。
来年は何をする、と問いに、あの方が一つ提案してくださり、それは歌う側にとってはとても魅力的な企画だったので、実現するといいなあ、と思った。ただ、人が集まるかどうかが心配だけど。
帰り、代表を車で送る。久々に話をする。来年秋ごろになりそうなソングのステージのメンバーについて、芝居畑の方々に声をかけて参加していただく話。自分が芝居畑のくせにこういうことを言うのは何だけど、誰でもいいというのでなく、できればある程度歌える人が望ましい、というのが私の考え。多分その後の再来年はオペラ、ということになり、自分が初めて関わった作品の再・再演という演目ならどうするか、という話。演じさせてもらったあの役は、私なぞより今ならもっと出来る楽しい役者さんに務めていただいたほうがいいだろうと思う。ではアンサンブルで出演するかというと、この間で本当にいろいろ考えさせられたので、よい作品だからどんな役でもいい、とは申し上げられない、と返答すると、代表からは選り好みしていてはしょうがない、と言われた。ごもっともではあるけど。
翌日は、楽しみにしていたコンサートを聴きに行く。以前はNさんの還暦お祝いのだったけど、今度はご夫人のお祝いだそうな。会場まで何で行こうか迷ったけど、自転車で。しかし、川沿いを走ったので、吹きさらしの冷たい風に悩まされた。向かい風だったので、途中で泣きそうになった。
しかし、時間には間に合って、席に着く。Nさんや夫人のソングのソロあり、デュエットあり。夫人は合唱をやってらっしゃるので、細いけど音程もよくきれいな声で歌われる。いつも思うけど、これが歌う基本なのだなあ。途中合唱もあり。以前から気になっていた、コカコーラの出てくる勢いのあるソングが楽しかった。Nさん夫妻は、お仲間が多いなあ。途中、息子さんご家族も加わっての曲もよい曲だった。
そして、これも楽しみだった、岡原真弓さんのステージ。アコーディオンを弾きながら、巧みに歌われる。会場の乾燥と闘っていらした。洗練された歌声を堪能させていただいたけど、もっと岡原さんらしいアクの強いソングも聴きたかった、と生意気なことを思った。
さて、自分もこういう距離で、自分を思い切りさらした状態で、年明けは歌わにゃならんのだなあ、度胸が要ることだなあ、とひしひし感じながら、暗い堤防を、自転車を漕いで帰ったのでした。
 
sarah-e | 座うたざ | 22:27 | comments(0) | - |
本公演の総括
 久々の本公演。6月の第2週に、何とか終わった。
何とか、ではないなあ。以前も書いた通り、いろいろな葛藤もあり、本番ではリコーダーの大ポカもあり。ソプラノ・アルトリコーダーをそれぞれ新調して、吹くのが楽しい時期もあったけど、今はトラウマで吹きたくない、触りたくない。ある音楽番組で、元アイドル歌手が左手にアルトリコーダーを持っていて、間奏の部分で巧みに吹いていたのを聴き、ちょっと自分でもやってみたい気にはなったけど。当分、放置するだろうな。
慌ただしかったことは、比類がない。平日夜の稽古は、出席率が悪かったけど出た。そうなると家事がストップする。時間のかかることは土日に済ませたくても、稽古が積んでくるとそうもいかず。そしてまた珍しく聖歌隊の仕事も結構あり、ゲネプロの午後にまで入れてしまったのは、無謀だった。
反省すべきはたくさんあるけど、そもそもが出演してよかったのだろうか、ということ。打ち上げの席でキャスティングをした尊敬するあの方をつかまえて、何でこうなったのですか、と訊き、まあそりゃそうなるわなあ、と納得はしたのだけど。冒頭の4小節のソロがなかったら、私は今回続けていけませんでした、と正直に申し上げた。
本当に難しい。私たちはプロではなく、自分らの貴重な時間と、労力と、お金を持ち出して作品を創っている。だからかなり自分らのやる気、モチベーションが原動力となるけど、私は他のメンバーのように、うたざの公演だからどんな作品でも、どんな役でも一生懸命やります、とは言えない。だから
中途半端な気持ちで参加して本当によいのか、とかなり悩んだり嫌になったりした。プロでなくてもお客さんからチケット代をいただくのだから、もちろんそれなりの質は必要なのは、重々承知の上で。
しかも今回は私の苦手なチームプレイで、自分が出来なくても駄目だし、自分が頑張っても他のメンバーが出来てなくては駄目だし。BUNZOUさんにはかなり時間を割いていただき、稽古をしたけど、やはり自分が予想したぐらいの出来にしかならなかったなあ、と思う。アンサンブルの難しさは、4人いても、1+1+1+1にならないことだなあと。誰かがミスって−1だと、総合点が下がる。一人で歌うほうが責任の所在もはっきりするし、自分でひたすらやればよいので、気持ちが楽だなあ、と思った。
悩みながらも結局本番まで参加したのは、出ます、と言った以上撤回できない、というあいまいな責任感と、前述のとおり、一瞬でも一人で歌うシーンがあったこと、(あの一瞬の私ごときのために、照明をチェンジさせてくれたHANAさん、どうもありがとう。色っぽかった、と感じてもらえたようです)そして、gardenさんが望んでいた作品だったということ。
この間、忘れかけていたところへ、ひょんなことから劇評を見つけたので、読んだ。かなりの酷評だった。演出のH氏の、H氏らしいところが全然出てなかった、と。私は彼の作品を1本ほどしか観させていただいてないので、最近の作風が分からないけど、彼の演出に十分答えられず、喜劇なのに全然面白くなかったことが原因なのだろうなあ、と。軽妙で楽しい部分に加担している役者全員の責任だなあ。
笛が小学校の学芸会みたい、とか、大勢のドンチャン騒ぎのシーンは、自分らだけで盛り上がって何が面白いの、と書かれてあった。リコーダーの演奏が素人っぽく、また役の作り方も幼稚だったと感じられたんだろうな。若いメンバーはともかく、この年齢で幼稚なのはいけないなあ、と思った。
唯一褒められていたのは、真面目にきっちり歌っていたヒロイン2人だった。
終わってしまったことだし、今回のことを肝に命じて、次回からどんな本番の関わり方をしていくか、真剣に考えることにしよう。でも一番気になるのは、gardenさんが作品の出来をどう思ったか、ということだ。率直な意見を、どんな方法でも誰を介してもいいので、どうか聞かせてくださいな。

sarah-e | 座うたざ | 22:15 | comments(0) | - |
Good-bye, Forever
 信じられない悲しいことだった。
訃報を知ってから、泣いてばかりいた。いろいろなことが思い出されてならなかった。お通夜や葬儀の連絡、お手伝いの依頼が代表から入ってきたが、とてもこんなでは役にも立たず、また、もう物言わぬ人に何を言ったり、問うたりしても、どうにもならないのだ、とも思い。うりこ嬢から連絡が来ても、もう会えない、会わないと心に決め。
しかし、子どもがお別れをしたい、と言ったので、意を決して、最期のお別れに、お通夜が終わった頃にひっそりと行くことにした。子どもの合唱コンクールの結果など、メールで気にしてくれていたのを伝えていたので、子どももそういう気持ちが湧いたのだろう。
昼間、ぼうっとテレビをつけていたら、NHKコンクールの本選、高等学校の部がやっていた。子どもにかまけて中学校の部の課題曲しか聴いていなかったけど、今年はA・Bと2パターンあったようだ。歌詞はほぼ一緒、しかし曲の印象は全然違う。Aは不思議な雰囲気から始まる。こういう合唱っぽいボーカルワークはあまり好きじゃないけど、この曲のは印象的で違和感を感じなかった。そして、曲想がいろいろ変わる。リズミカルにもなる。Bの方はアカペラで、静かでしっとりとした感じだけど、最後は希望を感じられる。
作詞者の方がゲストで会場にいらしていた。鈴蘭の花が、寝たきりの彼には、涙のようにも見えるし、こうべを垂れて祈っているようにも見えた、と言っていらした。つい亡くなった人の心持ちと重ね合わせてしまう。病床で、この夏ごろからは、何を考え、何を感じていたのだろう、と。美しい音楽は、今日は慰めにはならず、泣きながら演奏を聴く。
代表とぎぶにゃんの出身地から、出場校があった。混声だけど、パートごとに分かれず、ランダムに並んで歌っているのが個性的だった。歌の言葉も明瞭だったし、それぞれの表情が、ソロのようによい。絶対ここの演奏が一番心を揺すぶられたのに、合唱の神髄など分からない私の価値観は全然通用しないようだった。自由曲は、同じ作曲家の選曲に偏る傾向があって、疑問に思った。全員合唱のアカペラで、歌声の透明さに、また泣けた。
夕食を済ませて、斎場に向かう。この日は、尊敬するあの方がお忙しい中、駆けつけて下さったそうで、さぞや大喜びしていたことだろう。お手伝いをしていた代表、キヨシ、BUNZOUさん、サヨコ、ぎぶにゃんと、あの方で、ソングを歌ったと、後で聞いた。よかったね。
近寄ってお姿を見た。もちろん自分でも伝えていただろうし、お兄さん方も気を配っていらしただろうが、いつもの彼らしい恰好だった。よく眠っているように、と例えられるけど、もっと穏やかな表情で、もう魂はとうに旅立っているのだ、と感じられた。
コンサートのAddio、を再度ビデオで聴く。調べた英語の歌詞の断片が、もう頭にこびりついている。ロビーに飾ってある写真を見る。生き生きした表情の舞台写真を見ると、音楽畑の人であったけど、芝居も好きで楽しんで演ってたのだなあ、と思う。ぎぶにゃんに誘われて座うたざ関係者が思い出話に花を咲かせている控室に寄ったが、場違いな感じがし、また何も手伝えなかった後ろめたさもあって、早々に失礼した。その帰り際のサヨコと私とのやり取りが、子どもには何だか変なドラマ仕立てのように見えたらしい。帰りの車で、お通夜なのに何であんなに楽しそうに皆喋っているの、と子どもが訊く。ああこの子は中学生だけどまだまだ幼い、大人に近い思慮が出来ないのだなあ、と思った。しかし、ああやって明るく故人を偲ぶことができない自分も、全然大人げない。だから、あそこにいた人達の振る舞いが、立派なんだよ、と子どもに言った。
会葬お礼のお兄さんの文章が、また亡くなった人の文体によく似ていて、本人が書いたかのような錯覚に見舞われる。もうこんな年齢になったので、時間も残り少ない、歌をもっと歌っていかなきゃ、というようなことを以前言ったら、彼もどうも同じようなことを感じていたようだった、とキヨシから聞いた。そして向こうは悔いを残さずしっかりと歌い切って去り、大して歌えない私は、こうして生き残らされているなあ、と。
斎場を出るときぽつぽつと雨が降っていた。自分の勝手な思い込みで申し訳ないけど、でも翌日は本当にすっきりとした秋晴れで、亡くなった人を送るのにふさわしい日になったなあ、と。辛くていられなかっただろうし、やはり私は行かなくて正解だった。このくらいしか、恩返しが出来ないけど。
夕方、少し翳ってきた空に向かって、さようなら、とありがとうをもう一度言った。


sarah-e | 座うたざ | 00:30 | comments(0) | - |
Addio
 きっとこれは悪い夢を見ているんだ、と思えます。目が醒めたらいつもどおりの日常が続いて、土曜日に稽古に行くとふつうにあなたが現れ、ふつうにみんなで歌い始められればいいのに。でも、もうそれは叶わないのですね。

あなたが初めてこの団体に姿を見せたのは、あのオペラの再演の頃でしたね確か。大楽屋に見慣れない男性がいて、仕事を持ち込んで時折やっていたので、あなたの職業が知れました。その後、気がつくとそのままいるようになって、すぐに馴染んで、なくてはならない人になった。
ピアニストさんがいない時伴奏をしてくれて、男なのに繊細で優しい弾き方をする人だなあと感じたことを憶えています。
短いオペラの試演会が、あなたのここでの初舞台でした。初めてなのに柔軟に動き回り、張りのある声で歌っていたので、歌の人には珍しく開放できる人なんだなあと。いろいろ大変だったけど、最終的にこの会はとても楽しかった。その時の写真をこの間久々に見たら、皆若かったなあ、と。今から10年以上前でしょうか。

それからいろんな公演や発表会、コンサートに参加されましたね。稽古後によく皆でファミレスに行きました。歌や音楽が話題だったこともあり、座内会議になったこともあり、いつぞやお嬢と私とあなたと3人で何の話だったか忘れたけど、息が止まってお腹が痛くなるぐらい長時間大笑いしたことがありましたね。あんなに笑ったのは、これまでの人生で一番でしょう。それから、オペラの抜粋の発表会の時の打ち上げで、私の最後の決め台詞のところを茶化して喜んでいましたね。失礼なことを言われるたびに、おしぼりを投げつける相手がいなくなりました。

先輩格の代表とうりこ嬢と、あなたに混じって座員昇格のコンサートを一緒にさせていただきました。だから自分の実力が伴わなくても、私はずっと同期だと思わせていただいていましたよ。その同期4人でやった小さいクリスマスのコンサートと、合唱劇は本当にいい経験でした。が思うのは、もっと自分がその頃に歌えていたら、ということに尽きるのですけど。

まあ〜夫人が出演したミュージカルを一緒に観た後、遅い夕食を食べながら、今度転任になる、という話を聞いたこと。代表の誘いで花火を観に行き、何で家庭持ちなのに家族と一緒に過ごさないんだろうね、と帰り道お互いぽつぽつと話したこと。浴衣を着て皆で明治村の夏祭りに行ったこと。

それから、一度倒れられて入院したことがありましたね。あれは3月下旬の発表会のあった頃で、体調が悪く、仕事も年度末で忙しいので無理されたとのことでしたよね。処置が遅かったら命にかかわった、と後で聞いて、3ヶ月ほどで職場にも復帰されたので、強運の持ち主だ、と皆で胸をなでおろしていました。だから、きっと今度も神様が治して下さるだろうと思っていました。神様は私のようなやくざ者の願いは聞いてくれないけど、あなたのお友達、お知り合いの善男善女がきっと皆さん真剣にあなたの快癒をお祈りしていただろうというのに。

順序がとりとめなくなるけど、一度座内の発表会で、一緒にデュエットをする機会がありましたね。無謀な選曲を私がしたので、苦労したし、うまくいかないのできっとあなたもやきもきしていたでしょう。何でそんなに自分勝手に歌うの、と言ってましたね。自分はとにかく必死だったので逆にあなたがやる気がないように感じていて。まああなたには結果が分かっていたからでしょうが。前日も時間を作って合わせていただいたのに、やはり本番は大失敗でした。
私は自分の気分で、いつも好きなタイミングで歌い出していたのに、あなたと一度もずれることがなかったことに、ばかな私は後々気が付きました。合わせにくいのに、ちゃんと合わせてくれてたんですね。だから、今度一緒に歌うことがあったら、私の方からちゃんと歩み寄ろうと心に決めていたのに。

昨年の本公演のことです。自分の我儘で休団して出ないことにしたのですが、たまに稽古に顔を出すと、挨拶してもとても素っ気なかったですね。後で聞くと、座員のくせに参加しないなんて責任感のない、と感じていらしたのか、裏切者、と思ってたからなあ、と言ってましたね。自分の決断には後悔はないけど、やはり出ればよかった、と思うことには、仕事と稽古で忙しそうで元気がなかったように見受けられたので、大丈夫なの、とか無理するな、とかうっとうしくても言ってあげられなかったことです。もっともそう言ったところであなたはきかなかっただろうし、私が参加してもあなたの負担が軽くなるほどお役に立てたわけでもなく。

それからしばらくまた一緒に活動できる日が続きましたが、7月の最終の稽古の後、Yくんと3人でご飯を食べた後に、検査入院する、という話を聞きました。その時はそんなに重篤な病気だとは思っていなかったので、この際だからいろいろ調べてもらって悪いところは徹底的にチェックするといいよ、と軽く言ってしまいました。でも眠れなかったり背中が痛かったりしたようですね。帰り際に私に、いつも元気でいいよね、とぽつりと言われたことを思い出します。
病名を知ってとてもショックでした。入院して退院して自宅療養、その年の暮れには治療が一段落し、今年初めにあなたが稽古に顔を見せたときは、本当に皆嬉しかった。あちこちの演劇の公演やコンサートを観にいかれ、すっかり病気も落ち着き、新年度から新しい職場に就任されるということで、安心していたのに。3月末、また再発した、という話を聞き、谷底へ突き落された気持ちがしました。あなたの気持ちも考えず、何で、と口走ってしまいました。何で、と言いたいのは、理不尽だ、と一番感じているのは、あなただったろうに。本当に不公平だ。これから私は、テレビのニュースでやりきれない事件を視るたびに、生きるに値しない行いをした人間が生きていて、善良でまだまだ世に必要なあなたがこの世界から去らなければならなかったことに、怒りを覚え続けることでしょう。

一時退院の時には、稽古にも出て歌いに来ていましたね。治療はもっときつくなったようだったけど、何とか乗り越えて回復してほしい、と念じていました。私らがばたばたした8月を過ぎてから、一時退院を機に、ソロコンサートを企画しているという話をうりこ嬢から聞いて、病状が安定してのことか、食事も摂れず鼻から酸素吸入をしている、というからには、と不安にもなりましたが、病院でのサロンコンサートにお邪魔しました。体調はよくなさそうだったけど、きっと本番の下旬には落ち着いてほしい、とあんな誕生日プレゼントを選んでしまいました。自宅に帰ることも、入浴することも、無理だったのでしょうに。この日の方がきっと月末より元気だろうから、とメールに書いてあったのに、私は現実をちゃんと受け止めようとしなかった。渡したとき、もう何人からももらってるんだよね、とあなたにしてはシニカルな皮肉っぽい反応だったのでおや、と思いましたが、これが最後の誕生日になることを感じていたのですね。でもあなたは義理堅いから、あんな的外れのプレゼントでも、ちゃんとお礼のメールをくれましたね。

ソロコンサートの日は、午前中には会場入りして、リハーサルを続けていましたね。お手伝いに来ていた大学の同期の女の方々が、歌えるんだから、そんなに根を詰めてやらなくてもいいのに、注意しに行かなきゃ、と口々に心配していました。小屋主のソプラノ歌手のNさんも、王子が、王子が、と言いながら、自分のリサイタルのように細かく気を配って下さっていました。そして予想以上にお客様もたくさん来て下さって、スタッフの私らもばたばたしながらも嬉しく立ち働いたことでした。
あなたがクラシックを歌うのは、あまり聴いたことがなかったので、興味深く聴かせていただきました。木陰よ、は私も好きな曲なので、心で口ずさませてもらいました。1部の最後の曲が、圧巻で素晴らしかった。イタリアの古典歌曲集に譜面はあるか、と尋ねたら、Nさんのお弟子さんのあなたの後輩が、トスティです、と教えてくれました。調べて英語詩で読むと、とても悲しい内容でした。Nさんが涙ぐんでいたのは、イタリア語の歌詞を知っていたからなのでしょう。Addio、というのは、永遠の別れの意味合いで使われることの多い単語だと。あれは本当に、あなたから集まって下さった方へのメッセージだったのですね。私も、いつかこれを、英語で歌います。でも泣かずに歌えるようになるには月日を要するでしょう。
一回ステージをするだけで体力を消耗しただろうに、あなたは全身全霊を傾けて2ステージめの最後まで歌い切り、病院へ戻るあなたの車を、お友達がこぞって見送って、激励を送っていらした様子を見て、涙が止まらなくて困りました。

次の日はあなたのご自宅でのホームコンサートでした。お兄さんご夫婦とお友達のお心遣いで、あなたが到着するまでお食事しながら楽しく過ごさせていただきました。おりしも台風がここを直撃する日で、雨女の私は自分の本番やイベントでは大雨大雪が降らせたけど、人のにまで影響するとは。でもあなたも、あのソングを選んだからいけないのですよ。
到着するなり、見知らぬ人同士が、自分が到着しないばかりに紹介もなく見知らぬ同士で飲み食いしているのは変でしょう、とあなたらしい心配りをされてましたね。そう喋る声には力がなかったのに、歌になると声が飛んでいましたね。大学のお仲間とのコーラスに続いて、いよいよ座うたざの出番。Yちゃんを押しのけて、あなたの右隣に座って歌いました。ごめんねYちゃん。いつものように左耳からテノールが聴こえるように、いつもの稽古と同じように、最後も歌いたかったのです。
そのあとのソングと、オペラの抜粋を聴きながら、また泣けてきました。これは、本当は、いつか一緒に歌ってもらいたかった。自分がもっと歌の技術があったら、今日、飛び込みでも一緒に歌って、と堂々と言えただろうに、もう間に合わない、と。

全力でコンサートを務めあげ、それからのあなたには4日間しか時間がなかったけど、近しい方々と心穏やかに最期の時間を過ごされたことと思います。今回の本番のDVDはチェックできたのでしょうか。自分の出演作品を鑑賞するのが、本当に好きだったものね。これからはゆっくり、いっぱいご覧下さい。本当にあなたがいなくなったことを納得できないのだけど。あなたが皆さんから旅立たれる日曜日は、あなたにふさわしい、秋晴れの爽やかな日であってほしいので、雨女の私はお伺いするのを遠慮しときますね。

ではさようなら。そしていろいろお世話になりました。本当にありがとうございました。











sarah-e | 座うたざ | 21:40 | comments(0) | - |
お盆だけどがんばれ
 さあ、子どものことばかりにかまけてもいられない。今度は、自分の本番だ。
以前書いたように、8月19日に小さな稽古場で現・研修生による座員昇格試験のコンサート。しかし、中心になっているまあ〜氏としては、特にそういう趣旨を当日お客さんに伝えなかった。純粋にコンサートとして楽しんでもらって、評価は内々ですればよいとのことかなあ。
で、私とぎぶにゃんの座員コンビは、別枠で時間をもらった。ここに、ゲストのKくんが加わる。
さて、何をやるか、と考えて、今回はオペラの抜粋にしようと。そうすると以前からどうしても歌いたかったのがあって。しかし、あれは超ソプラノの方とでないと絶対成立しない。自分のパートだってかなり自分では危うい。で思い切って元・元代表夫人の正統派ソプラノ、Kちゃんにお願いした。プロのソロ歌手として、また合唱団やうたざでも歌唱指導をされている方と一緒に歌って、というのは畏れ多かったのだけど。これ、かなり上のFが出てくるよ、と彼女は難色を示していたが。
そして、もう一曲は、ゲストのKくんとコラボするつもりで、あれを。きりのいい部分まで歌うと結構長くなるのだが、演技が達者なKくんだから、見ごたえあるシーンを作ってもらえるんじゃないかと。
(しかし、あちこちの稽古や、オーディションを控えている彼は、長いオペラは稽古時間が確保できなかったので、これは前半だけにして、もう一曲、一人でやることにした。)
ぎぶにゃんもコンセプトを考えてきた。一曲めは、短いデュエット。ある理由でうたざの人と1対1で歌うのを絶っているけど、これはぎぶにゃんの時間に参加させてもらうから別物、ということにしてもらおう。
打ち合わせを兼ねて、ぎぶにゃんと稽古帰りにファミレスで食事。その時、お嬢の花嫁姿の写真を見せてもらう。お嬢は結婚でうたざを円満退団し、東の都市へ、ディリディリディンお嫁に行ってしまったと。由緒正しい神社で、角隠しの清楚な花嫁さんだった。5月末までぐらいはまだこっちにいると認識していたのに。すっかりすれ違いだった。
ともかく、稽古時間は研修生の方々優先なので、自分らの稽古時間は全然ない。なので、自分で黙々とやるしかないのだった。
元・元代表宅には、2度レッスンにお伺いした。1回めは7月の平日の午後。ひとりでは気が引けたのでサヨコを誘ったが、2時間じっくり稽古していただけるので、一人で行った方が集中できると思った。この日は元・元代表もいらして、ここはこう、といろいろ意見をいただけた。しかし、私の歌唱力が・・・のびやかに歌うことができない。かなり難航。大丈夫かしらん、と思ったが、Kちゃんと歌う部分はさすが、とても気持ちよかった。とりあえず、全部頭声で歌えたね、と。そして、元・元代表がこのオペラのDVDを探してくれて、参考に視聴。私の役はマダムなイメージが強かったが、本当は伯爵夫人も若い子好みの伯爵なので、召使いと同じくらい若いらしい。でも、今回は無理なので、やはりマダム路線で。
2回めは、自分がうっかりしていた。約束した日をすっかり間違えてインプットしてしまい、会社で仕事をしているときのKちゃんの電話で発覚した。ああ、またやった。もう自分の記憶を過信してはいけない。本当に申し訳なかった。で、大変申し訳ないながら、お盆にお伺いすることになった。
お盆だけど、会社は通常営業。いつものごとく、子どもと実家へ行き、そこから通う。仕事の相手先が休みなので、電話も仕事も鳴らない。そうこうして夕方、車で元・元代表宅へ向かう。日が少し短くなったような。
この日は発声練習の後、ともかく伸びのび歌うことを。声は出たとこ勝負だから、その場でいちいち反省したり落ち込んだりしてはいけないと言われた。もちろん、後で聴いて認識することは大事だけど。
帰り道、稲妻がピカピカ光る中、録音を聴くと、全然音が到達していなかった。ううむ、もう本番まで1週間切ったのに、これはどうしたものか。
翌日は何もなく、JRで通勤。駅から駐車場へ(お盆休みの弟のスペースを借りる)向かう道に、毎年向日葵が咲いている。この花は好きで、明るい元気なイメージがあるので、子どもの名前をこれにしたいと妊娠中思っていたっけ。突飛すぎると周囲に反対されて断念したけど。また今年は背丈が伸びて、背後の一軒家が小さく見えるほど。
 


15日はいよいよ暇だったので、早退し、午後からの稽古にそのまま参加。早めに着くと、まあ〜夫妻がやってきて、お手製のお昼を二人仲良く食べていた。指導に元・元代表夫妻と愛嬢が来た。そしてKちゃんと合わせ、録音。この日のを聴くと、今度は音を上げようとするあまり、力で押していて汚い。はあ、本当にもう、どうしたものか。ここにきて、やめるか、それとも移調して音を下げるか、と。しかしクラシックで移調はありえないし、そんなことをするならこれに無謀にも挑戦した意味がない。逃げないことにして、現状でいかにましな状態になるかを探るしかない。四六時中考えて、口づさんで、こんなに苦労しても、結果が出ないのは悲しい。
でも、2番めのは、思い切って集中して歌うことができ、元・元代表にも安定した、と褒められた。この日は一番の出来だったなあ。本番でこのくらい、歌えたらよかったけど。
3曲めはこれまた無謀にも久々にリコーダー入りのを選んだら、以前よりも笛がへたくそになっていた。空いた時間を利用して、ひたすら地道に練習。歌は、とても素敵で、好き。これもいつか歌ってみたいと思っていた。こういうのをもっときっちり歌歌えるようになればいい、と言われるだろうけど。
本番前日の土曜日は、午後、たった一瞬のための小道具探しをしてから稽古入り。ゲリラ豪雨となり、このまま明日に突入したら、と去年9月の台風の時を思い出した。でも天気予報によると、翌日日曜日は晴天で真夏日だそうな。
この日は動きの確認や、元・元代表に駄目だしなどしてもらって、早めに稽古を取る。こんなに余裕のある本番前は今までなかったね、と。緊張感を持ってがあっと上がっていかなければならない芝居なんかだとテンションが維持できない、というのはあるけど、歌はともかく声のことを考えて一番いいコンディションで臨みたい、というのはあるはず。今じたばたしたってどうにもならないでしょ、と元・元代表。しかし、私はあれに関してはぎりぎりまでじたばたしなきゃならんのだ。さて、どうなることやら。。。
sarah-e | 座うたざ | 22:02 | comments(0) | - |
一万時間の法則
 これは、S次長の後任の、Y次長の着任挨拶のメールに入っていた言葉。
芸術やスポーツの世界で、よく使われるようである。一つのことについてこれだけの時間を費やせば、プロの域に達する、ということ。逆に言うと、物事を極めるためには、これだけの時間を使って努力しなければ出来るようにならないということ。
これを、自分に当てはめてみる。座うたざの稽古を、週一回、3時間と計算すると、やってきた年月からすると、もう一万時間を超えているような気が。いやいや、でも出産なんかで休んでいた時期もあったし、3時間といっても、全部自分の稽古だけじゃないしなあ、でも公演前の集中稽古や、個人的に受けたレッスンなどを含めるとやっぱりもうとうに超えてるか。なのに今の状態は、いかばかりか。。。
まあ〜氏が以前言っていたことも思い出す。何十回の稽古よりも、一回の本番の方が、確実に力がつく、ということ。歌は、最終的な目標は、人に聴いてもらうことなのだから、そして何かを感じてもらうことなのだから。とにかく人前で歌うことをしないと、うまくならないわよ、と以前お世話になった先生もおっしゃっていた。
そして、尊敬するあの方のご予定が合い、6月の土曜日、久々のうたざでのレッスンの日となった。今回のレッスンは8月の座内発表会に向けて、現研修生がメインだから、おそらく私は聴いていただけないだろう、と思いつつ、以前から歌ってみたかったソングを音取りして、稽古。もらった座員の時間、で披露したい曲はうちうち考えていたので、それをレッスンしてもらうべきだとは考えたが、おそらくまた、SARAHはもっと低い音域の曲がいい、と言われるだろうから、あくまでもレッスン用のソングを選んだ。
今回は、あの方は、喋ること、をよくおっしゃっていた。うたざに入った頃、よくそう言われると、歌なのに何で歌っちゃいけないの、と合点がいかず、反発していたが。今は分かる。つい歌ってしまう人は、歌えてしまうからで、それは歌えないよりはいいことだと思うけど、伝わらないソング、色のないソングには魅力がない、ということをおっしゃりたかったのかなあ、と感じた。ではどうしたらそれができるかというと、私にはそういう気持ちになってそれを伝えようとすること、しか思いつかない。それに、喋って、伝わってたら、歌う技術が全くなくてよい、というものでもなく。
以前も書いたが、Yくんは素直である。こういう人は、きちんと納得がいかないとうまく出来なくて悩んだりするけど、ちゃんと自分の中に落ちてくると、とてつもない力を発揮するものだ。変なプライドがなく、前向きに、慢心せず一生懸命である。多分、いい方向に向かうだろう。
まあ〜夫人のこの日のソングは、あの方にはぴったりで、ぜひ力強く歌われるのを聴いてみたい、と思っていたら、ご本人はあまりお好きではないようである。あの方のためにあるようなソングに思えるので、請われ過ぎてうんざりしているのかな、とも考えたり。ラストは、最後はきっと僕らが勝って終わるのか、それとも以前代表が歌った時に感じた、はかない勝利への幻想、というのと、どっちが正しい解釈か質問したかったが、思い切りが足りなかった。いつか尋ねてみよう。曲想は後者だと私は思うのだけど。
そして、ゲストのKくんのソングこそ、語るソングの典型。しかし、これは最後は歌わなきゃならないそうで、最後まで喋ろうとしていた自分は間違いだったなあ、と思った。最後のフレーズを、滑らかに、重厚に響かせるために、セロ弾き唱法を伝授していただいたので、全員で歌う。ここで時間切れになったので、自分がこの日歌ったのは、この部分だけとなってしまった。仕方がない。
そしてこの日、あの方が監修を勤められたという本を分けていただいて、夜読んだ。あの方のおばあ様が有名な偉い尼さんだった、というお話はちらっと耳にしたことがあったけど、これほど波乱万丈で、数奇な人生を歩んだ方だったと、初めて知った。しかし、とても明るく、バイタリティのある方で、ちゃんとそれはお孫さんであるあの方にも受け継がれており、特に人を惹きつける力、人を巻き込んでいく力につながっているのだなあ、とも感じた。
そして、ついこの間自分が行った、あの霊山の奥の院に、そのおばあ様の腕塚があったそうである。ああ、もっと早くこの本に出会っていたら、ちゃんと見つけて、いつもお孫さんにお世話になっています、と手を合わせられたのに、と後悔。そして、天空で通った駅のそばに、そのおばあ様ゆかりの記念館があるようである。霊山で祈った願いが成就した折にはまたぜひ出かけて、その際はここにもお寄りさせていただきたい、と思った。

(調べてみると、あの方もそこで以前コンサートをされた様子。それを喜んでいらっしゃった、というあの方のお母様が亡くなられたと、作曲家であの方の団体の代表からご連絡をいただいた、とのことだった。ご本によると、偉大なおばあ様に献身的に尽くされたお母様だったそう。ご本の発行がおばあ様の命日の今年の4月21日で、それを待たれてから、おばあ様がお呼びになったような、とふと思った。そうそう、おばあ様がご自分のお葬式のために、ご自分で残されたメッセージは、とても暖かく、ユーモアにあふれたものだった、と感じた。まあ、皆様もいずれはこちら側においでになるだろうと思いますが、そのご旅行はゆっくりとお出でください、私は三途の川で皆さんの道案内ができれば幸せなんです、というくだりは、何度読んでも素敵で心に沁みるフレーズだ。
ともあれ、ご自身ご多忙な中、お母様を亡くされたあの方のご心痛はいかばかりか。ご冥福をお祈りいたします。)
sarah-e | 座うたざ | 21:51 | comments(0) | - |
ミャンマー、ミャンマー
 しばらく休んでいた座うたざに、復帰することにした。
たびたび書くけど、あの団体に自分はいなくても、いいのである。むしろ、私に来てくれないほうが嬉しい人達も多分いる。でも、歌う場が少しでも多いほうがいいだけの話で。
休んでいる間に、現・研修生の人たちが座員という肩書きになるための発表会の実行がすっかり具体的になったようで、これでは戻っても自分の稽古にはちっともならないなあ、と思った。自己都合で勝手に休んでいたのがいけないのだけど。しかし、発表の場があるのなら、5分〜10分でも自分単独の時間がもらえないかなあ、とも思い、復帰するにあたって相談させて下さい、とメーリングリストで送った。
と、gardenさんから、同じ座員の立場としてメールがあった。今回は、メインの研修生の方々にすべてお任せするのがよかろうと。口出しせず、自分も歌いたい、とも言わず、稽古でも声出し以外は極力歌わず、意見を求められたら意見する、歌えないストレスは溜まるだろうけど、我慢して、と。必要以上のことを言って波風をたてるべきではないと。最初は、ただでさえ悪い私の立場が余計悪くならないよう心配して下さっているのか、と感じたが、違うなあ。また何か言うことで、代表と喧々諤々になり、場の空気が凍って、他のメンバーの気分が悪くなることを懸念しているのだろうと。はあ、よほどトラブルメーカーのように思われているんだなあ、私は。しかし、ご安心あれ。そういうくだらないことにエネルギーを遣うのはやめた。
ともかくも、稽古に行く。研修生の方々は、それぞれのソロの曲目を決め、まあ〜氏とサヨコを中心に合唱曲の選定をしているところだった。この間却下した合唱曲を、どうしてもやるそうだ。まだまだ完成するところには遠いけど、円になって歌っている彼ら彼女らを見て、聴いていると、団結して頑張って作っていこうという意気込みが感じられた。また、ハーモニーも私らが入るよりすっきりしていたので、私らに力がないのもあるけど、合唱は一体感とか仲間意識が必要なのだなあ、と改めて感じた。
と、休憩中に、くだらないことでまた噛み付かれた。そういう深い意味があって言ったのではなく、冗談なのに、と思ったが、そうやって説明しようとすると余計逆上されそうな気がしたので、腹が立ったけど我慢した。これからはそうやって受け流していかなければならない事態が、ちょくちょくあるだろうな。これも波風を立てたことになるのかしらん。
稽古後、発表会についての会議があり、部外者だけど参加した。座員だけど8月までの期間、団費を払って参加するのだからと、座員の時間を別枠で10分ほどいただけることになった。気を遣っていただいてすみません。しかし、いただけたからにはありがたくやらせていただきます、と思った。
そして、私やら、ぎぶにゃんが受けた座員昇格試験の時のように、今回は我々はなるべく別で自主稽古しなければいけない。ううむ、コンセプトはおのおの考え、何をやるか自分で決められるだろうから。
翌週は、ピアニストがいなくて、参加人数も少ないことが分かっていたので、これは会議や話し合いになったら憂鬱だ、と恐れおののきながら稽古場へ向かった。しかし、この日は元・元代表が指導に来てくださっていたので、嬉しかった。基本のボイストレーニングをしましょう、といろいろな音で発声。しかし、自分は滑舌が悪く、表題の国名で歌うと、ぜんぜん駄目だった。ああ、技術がない。
またまた次の週は、来年の本公演に向けての内容について。稽古後、候補作品のビデオを鑑賞することに。稽古場に行くと、代表、私、ぎぶにゃんの座員しかいない。候補作の台本を印刷してくれたので、それを組みながら、穏やかにあたりさわりなく話をする。8月の発表会の座員メンバーは私と、ぎぶにゃんで、代表は外部出演と本公演の計画で忙しいので参加しないという。しかし、お馴染みのKくんが入ってくれるというので、3人でいろいろコラボできればいいなあ。
本公演は、来年の6月。もう会場を押えてある。この日は先回と引き続き演出をお願いする予定のHさんにもビデオ鑑賞にご参加いただく。しかし、ご自分のイメージがあるので、観るのは控えられた様子だった。内容は、ううむ、難しいね、とのご意見。音楽的には魅力があり、きっちり歌える方と共演できれば自分も勉強になるし、いい作品になるだろう。しかし、どちらかというと、玄人向けの作品であるなあ。
ブレヒト繋がりで、あれは駄目だろうか、と考える。尊敬するあの方の団体でやったのも素晴らしかったが、歌と芝居の技術があり過ぎた。プロ過ぎた。もっと雑多で粗い方が、あの作品に合うのなら、どうだろうと。でも困難そうだなあ。これはいつかやってみたいし、必ずしもうたざでないとやれない作品ではないので、別の団体でも、オーデションを受けたり、名乗りをあげられるぐらいになっていたいなあ。日々研鑽。



sarah-e | 座うたざ | 12:25 | comments(0) | - |
ながい、あたたかな10年
 翌日、15日日曜日は、午後から、本番のピアニスト、Sさんとの初めての合わせ稽古があった。
午前中は家事で過ぎ、お昼を作りつつ、夕飯のごま味噌タンタン鍋の支度をする。といっても野菜や肉を切るだけなので、楽なのだけど。そして出かける前の30分間で、差し替えする予定の曲の音取り。これは、ずいぶん前、オペラの抜粋と合唱曲の発表会をした頃、あの劇団でも尊敬するあの方の指導で似たような発表会があり、その時Tちゃんが歌ったのを記憶しているけど。
ぎりぎりに到着して、声出しに、男性陣が歌う曲を。サビの部分は上のパートを歌う。このぐらいの音域だと、気持ちいい。いや、気持ちいいのは他の人の声が混ざっているからなのかも知れないけれど。
それから、一番先に自分の新しい候補曲を。ここにきて、1曲目の、低い音域に移調したのを、諦める。何だか流れに合わなくなってしまったので。最初の自分のプランでは、これをがっつりと歌い、それから高いのを歌い、最後は昨日NGがでたソングでしっとり終わる、つもりだった。のに。桜子も結局2曲に絞られ、10分持ち時間個人戦、のコンセプトは完全に崩壊した。やはり、ここの団体で自分のやりたいプログラムを組むことは、不可能だったのだと思う。やはり、聴かせたい歌、自分の意思を伝えたい流れ、を創るなら、自分一人でまたライブに参戦させていただくしか、なさげ。
で、まあ新しい候補曲は、しぶしぶOK、な感だったけど、これでいくことにした。自分としては速いペースで歌いたかったけど、言葉が何言っているか分らんようだったので、まあ2曲ならそうせかせかせずともいいでしょう。音の取り間違いなんかを指摘されつつ。
他の人のソングも聴いたが、まあ〜氏の選曲した、力強い、熱いソングが心に残った。亡くなった作曲家らしい、曲想。表題の歌詞の部分が一番好き。まあ〜氏の歌唱も真摯で、温かみがあり、よかった。ソングを歌う、伝えるというのは、こういうことなのだなあ。自分は、まずちゃんと歌うことからだものなあ。
Sさんが帰ってから、合唱をちょこっとやる。その次の週、元・元代表が来て下さって、指導して下さったのだが、結局、全員いないと、意図や表現が統一しないし、どこか歯抜けだとまた全然違ってしまうのが、大変そう。さて、どうなることやら。
夕方6時まで稽古して、久々にgardenさん、桜子、お嬢とファミレス夕食会をする。話題はお嬢の身辺の話題で持ちきりだったけど。しかし、衝撃だなあ。まだ、ピンと来ない。実感が湧くのは、多分3月が終わってからだろうけど。ううむ。。。
sarah-e | 座うたざ | 23:04 | comments(0) | - |
私を傷つけるのをやめるか
 1月第2週の土日は、慌しかった。
まず、新しい聖歌隊のお仕事。勝手がわからないので、ちょと心配だったけど。
当日は10時半(ここの式場は、それ以上早い時間はないらしい)のお式なので、9時半会場入り。初めてなので、Wさんに連絡して、入り口まで来ていただく。中は迷路のようで、次回は一人で控え室までたどり着けるかなあ。そして、何と今回はWさんと歌うのだった。しかし、歌うことよりも、Wさんもこの式場を担当するようになって日が浅く、まだ段取りなどが定まっていないようで、そちらの方でいろいろ神経を遣っていらっしゃるようだった。でも全く声を出さないのは不安だったので、さわりだけ合わせていただく。伴奏はオルガンだが、ベールアップの時にはヴァイオリンも加わる。
わたわたしているうちにリハーサルも終わり、本番のお式が始まる。ここのバージンロードは祭壇の前に段差があるので、ドレスの裾の介錯がある。その間、Wさんは、私が持っている映画のサントラに入っている、厳かなアリアを歌われる。その後、参列者と歌う賛美歌は、いつもと同じ。私が主旋律を歌う。Wさんはソプラノだけど、深い声で、年齢的にも私と声質は似ていて、豊かな声量なので、一緒に歌わせていただいて、失礼な言い分だけどとても気持ちよかった。
ブーケを預かったり、手袋を外すのは一緒だけど、お返ししなくていいのは楽。指輪の交換の他に誓約書に署名、もあるので、花嫁さんの移動の際、また裾の介錯。
神父さんはこの間お会いしたイタリア人の方で、しかし、式では英語と日本語で。そして、アーメンはいつもと違う2唱で、音を取ってきた通り、これも上の旋律を歌う。そして、新郎新婦退場。受け取ったままの手袋をどうするか、とか、この後の屋外でのセレモニーの前に、一仕事あることも判明した。
そうこうするうちに、今度は2組めのお式のリハーサルが始まる。時間が押しているので、神父さんの説明も手短に。こういうところは、臨機応変。ところが、この回は、リングボーイ、といって、花嫁さんの後について結婚指輪を置いたリングピローを持って歩く親類の男の子がいたのだが、何分小さいお子さんなので、練習に時間がかかった。そのピローを手渡すため、自分が持って走ったのだけど、いくら時間がなくても、チャペル内では走ってはいけない、と後で注意された。
そして、何とか2回目も終わり、Wさんと控え室でちょっと打ち合わせ。聖歌隊だけでなく、新郎新婦のお世話や、会場の照明、セレモニーの進行、といった仕事も、今後Wさん側でやらなくてはいけないようで、その要員も2人ほど余分に必要とのことだった。安心して任せられるスタッフが育つまで、当分Wさんが隣県から馳せ参じなければならない様子。自分の歌に関しては、声がよく出ていていいわね、と。しかし、分散しているので、もっと集めるといいのに、と言われた。それは、レッスンでも先生に言われること。
この日は、その後、2時から今年初めての歌のレッスン。それまで少し時間が空いたので、途中ショッピングモールへ寄って、買い物。しかし、腰が痛い。さっき裾の介錯でしゃがんだ時、少しぐきっときた。そのまま式中、ぎっくり腰にならなくて、本当によかったと思ったけど。
先生に遅ればせながらの新年のご挨拶。そしてコンコーネ。18番。8分の9拍子。調も複雑。イタリアアリアは、今回の表題が題名。訳によると、私の苦悩には耳も貸さない、無慈悲で情け知らずの目よ、というまたまた厳しい中身の歌詞。それから、自由曲の、あの曲。年末にネットで譜面を購入したが、バージョンがいろいろあって、ヴォカリーズのピアノ伴奏入り、というのにしたら、さいごの転調の部分がなかった。人前で披露する予定でなければ、稽古用ならとりあえずこれでよかろう、と歌詞を検索して、書き添える。しかし、私の字が読みにくかったので、まずその確認から。このキーでいいの、と先生が訊ねたのは、2シーズンめのバージョンで歌ったソプラノ歌手が、彼女にはありえない低いキーだった、とおっしゃっていたからだろう。私には、多分しんどくない、調のはず。だから、もっと楽にきれいに、歌いたいなあ、と。
これは、ついこの間終わった、3シーズンめは、合唱も加わってはなやかなバージョンになっていたが、歌っていたのが、この曲の作曲家のお嬢さん、だったらしい。びっくり。
大急ぎで家に戻って、夕食の支度をし、うたざの稽古へ。とにかく出来ていない合唱をやるのかと思っていたら、人が揃うまでソロの時間となり。ここへ来て、まさかの自分の曲目変更、の要請。5月にやった本公演で歌った曲を今回入れるのは、絶対に避けたい意向のようだった。どうしても歌うのですか、と訊かれ、もうそういう風で曲を組んだから、といなしたが、30分ぐらい経ってから、またどうしても歌うんですか、と繰り返して言われる。じゃあ歌ってみて下さい、と言われ、もっと伸びやかに、と指摘されたので、気持ちを込めてそう歌ったつもりだったが、納得しないようだった。こうなると代表は、人の意図を汲むのではなく、自分の意見を通すために、どう相手を屈服させるか、という算段に出るので、どうしようもない。歌う人、歌うスタンス、が変われば、ニュアンスも変わるのがソングのよさ、だと私は思っているけど、まあ仕方がない。まあ〜氏が移調譜を作成してくれた、あの曲をいただいて歌ってみたけど、今一つ。また候補を考えなければ。それはキヨシもそうで、あのよく歌われているソングも変えなければならず、ブレヒトの軽快なソングにした。
そして、合唱は、ついにあの曲を断念してしまった。もっとまともな時期もあったと思うけれど、何がどう違ってしまっているのだろう。個人個人が独立して、しっかりと歌ってハーモニーを創る、という理想が自分にはあるけど、合唱なのだから、ああ、他のパートがこんなにきれいに聴こえてくるから心地いい、から心を合わせて歌おう、とかいう相乗効果や連帯感は必要なのだろうなあ。3月までに、それは出来るのだろうかなあ。。。

sarah-e | 座うたざ | 21:44 | comments(0) | - |
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