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誰が笑うの?
 来年のことを言うと、鬼が笑う、という。でも、すっかり年が明けて新年になって、もう何週間もたってから、昨年秋のことを回想するのを、一体何と言うのでしょう。
ついに11月、12月とブログの更新をしなかった。このシーズンは、やたら夜のドラマを視てしまったため、夜ばたばたしたのと、そのまま年末年始に突入したため。
しかし、秋に観劇したものについて、何となく書きたくなったので、書いておこうかな。

まず、キヨシの所属する団体がメインとなった、あの作曲家の新作合唱オペラ作品。こんにゃく座の演出でも名高い、K氏らしい色の。これは、gardenさんやお嬢、桜子ともワークショップに参加したりもして、とても興味があったのだが、自ら出演させてもらう踏ん切りは、つかなかった。でも。
最近自分は、自分の下した決断を、後悔することが少なくなった、と思う。でも、これは、後悔した。ああ、出演させていただけるものなら、すればよかった、と。こんなに素敵ないい演奏で、ワンフレーズでも歌えたら、本当にいい経験になっただろうに。夏の座うたざのステージを聞いたベッキィちゃんが、合唱に圧倒されて、力を感じた、と嬉しい感想を寄せてくれたが、このオペラの合唱にこそ、それを感じるべきだと思った。
雨の降る、10月の最終日曜日。千秋楽の公演を観にいった。劇場の近くに車を停めて、受付でキヨシのチケットを受け取る。独りで観に来たので、独りで2階席へ。音楽が、よかった。そして、キヨシの合唱団の方々のコロスの存在感が、よかった。ソリストは、以前短い期間お世話になった先生のお弟子さんがいらした。前に聴いた時も、なんと素直で透明なソプラノだろう、と感じたが、この日も美しい響きで歌っていらした。衣装が、バレエの、妖精のようで、可憐だった。
それから、進行役のG子さん。K氏の演出を一番よく理解している、というか。テーマを声高に主張するのではなく、哲学的に、そこはかと伝える。難しいし、ラストもはっきりした提示があるわけではないけど、理屈じゃない、感性に訴えるものがあるように思えた。
これを観るちょと前に、テレビのトーク番組に、ある個性派の女優さんが出演していて、恥じらいのある演技者が好きだし、そういうところのある人間じゃないと魅かれない、と言っていて、それをこのオペラで実感した。合唱団の方々が演じるコロスは、それぞれが普通の人人として存在して、それが変に自己主張している、上記のソプラノの方以外のソリストよりも、人間として、自然で、魅力的だった。堂々としていること、自信があること、は大事かもしれないけど、それはおのづとにじみ出てくるもので、過剰に自己主張(しているおつもりはないであろうけど、そういう風な空気を感じてしまう。私は凄いでしょ、みたいな)なのではないのだなあ、と。
終わって、ロビーでgardenさんに会う。キヨシに挨拶。参加させていただければよかった、それぐらいよかったです、と率直に合唱団の方々に申し上げた。そして、やはり観に来ていた、某劇団のMちゃんにも会う。驚いたことに、所属していた劇団を辞めて、自分で団体を立ち上げたそうな。いろいろなことが、知らないところで動いている。雨がひどくなって、駐車場でgardenさんと別れて、帰宅。
11月の半ばは、ぎぶにゃんと、座うたざ代表が客演している芝居を、観に行った。いつもなら稽古日の土曜の夜。休団しているからこそ、観に行けた。この日も、前回と同じ駐車場に停め、歩いて劇場へ。
ゴーストが出てくるのは、よく使われるペーストだけど、脚本の展開や、登場人物の設定が面白くて、大いに笑わせてもらった。そのゴースト役を演じる、この劇団の代表、S氏の扮装が、今時ありえないサイケなファッションで、その劇中で、似ている、といわれたミュージシャンを模しているようだったけど。でも、私は、似たようなファッションを日常的にしていた、ある方を知っていて。似合う似合わないではなく、もうそれがその人の一部分で、最初はぎょっとしても、その内にそれがごくごく自然に受け入れられて。S氏も、そういう匂いをぷんぷんさせていて、ちょっと濃いめの演技もその人を思い起こさせてくれた。しかし、ノリだけではない、きっちりした説得力のあるお芝居をされていて。座うたざの本公演にも出演いただけるようなので、ありがたいやら、楽しみやら。
ぎぶにゃんも、ちゃんと役として、特に最後の場面ではリアリティーのある生活感を出していて、よかった。代表Oくんが、座うたざ以外の、ソング以外の曲を歌ったのを、初めて聴いて、これも妙に新鮮だった。ペコ、を君、に置き換えた歌唱では、客席の聴く空気が変わったのが感じられた。
終わって、ロビーで、ぎぶにゃんに、先週の、本公演出演者のオーディションの模様を何気に訊いたが、答える彼女の歯切れが悪い。なるほど、私は今は部外者の身であるので、あれこれ知る権利はないのだな、と思った。しかし、来週は受けられたMさん出演の芝居を観るので、出演していただくことになったかどうかだけは誰かに教えてもらわねばなるまい。
そして、iichan劇団始め、協議会に所属する劇団の合同公演。この日は暖かい日曜日。観劇の前に、栄北の劇場の近くの美容院へ。伸ばしていた髪を切る。割引きクーポンを入手したからだけど、馴染みのない所で短くして、後悔した。サイドはその位の長さで、と言ったのに、どんどん切られて、口を挟むのを断念した。
時間がなくて、昼食をとれずに、劇場へ。お客さんは多く、二階席しか空いていなかった。よく上演されている、古きよきアメリカの小さな町を舞台にした戯曲の、リメイク版。これこそ日常を生活する、普通の人が感じられないと、芝居の中へ入っていけない。それがとても自然に見られる役者さんもいれば、何か型で表している演者もいて、もう自分はそうそう演じることはないだろうが、でも自分がやってもきっと、こんな風にやってしまうんだろうな、とちょと怖さを感じた。実際に主婦をやっている身とすれば、子どもを起こして食べさせ、学校に送り出したり、時にはお弁当をこしらえたりする朝の慌しさは、
あんなもんじゃない、と違和感を覚えたりした。普通の生活を味わっていないから、そういうことを体験したいんです、というような発言をして、活動休止を宣言した女性アーティストがいたけど。経験のあるなしだけで、演じられる訳でもないだろうけど、でもきっと何かが、演者の身体を通して伝わるものが、違うはずだと思う。
最後は、日常から、死後の世界。ヒロインが、自分の生きてきた何気ない毎日、平凡な世界が、なんと美しかったことか、と嘆息する台詞は、感動的だった。
原作を読んでみようと思い、取り寄せて読む。名古屋弁が混じらないだけ、よそよそしいが、叙情的だった。
最近の若い人達が、(なんて言うところが、年寄り臭いけど)自分は個性的じゃない、と悩んでいる、というのを何かの、これもテレビで視て、それに私の好きな辛口のコメディアンが、それはおかしいよね、と発言していた。だって、人と違う個体であることが、もう誰とも違うことなのだし、それは身につけようと焦ったり、無理に人と違うように振舞うことじゃないよね、自然に出てくるものだよね、と。
私もそう思うけど、最近、自分の個性は、人に迎合しないことしかないのではないか、それは人に受け入れられる個性かどうかは疑わしい、と考えたりもしました。まあ、この年齢になると、スクルージのように、急に善人にはなれないわけで、現状肯定で、生きて参りたいと存じます。
sarah-e | 観た・聴いた・読んだ | 22:04 | comments(2) | - |
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Comment
歌のもつ力ってすごいですね。
昨日テレビで、「やる気」を出さすのは音楽の特性でもあると。
音楽には、軍艦マーチやロッキーのテーマなんかにも見られるように、鼓舞させるものがありますよね。
逆に癒されるものも。

先日、友人がSarahさんのライブを見に行った人がいて、ブログにあがっていました。
つい知らずにすいませんでした。

セチュアン、がんばってくださいね。
うちの劇団員のMさんもお世話になるようですが、よろしくお願いします。

posted by Beckii ,2011/01/20 12:51 PM

あれ、ご案内のメールをお送りしましたけど、届いてなかったかなあ。。性懲りもなく、今後も続けていければいい、と考えていますので、機会があったら、ぜひ聴きにきて下さい。住所、またお知らせ下さいませ。
この間の先生役は、とても人間的な悩みと決断に満ちていて、よかったです。苦難が待っていることも承知で、結婚に踏み切る、きっと私達より前の世代の女性は、そういう道を選んだ方も多かったのだろうな、と。
Mさんには、こちらこそお世話になっています。私は出ませんが、セチュアン、ぜひ観に来て下さいませ。

posted by SARAH ,2011/01/23 3:55 PM